偉そうな犬に親父と。プラハ、2013年9月末。

プラハにきて一週間がたって、今住んでいるヴィノフラディでも、ようやく住んでいるという感覚が伴ってきた。ここは実に生活感溢れる場所で、プラハの中心部とも隔絶されているがゆえ、ここまでは旧市街やプラハ城周辺を賑わす観光客はさすがにここまではやってこず、日も傾く夕方となると、人通りも絶え、物音すら聞こえなくなる。 ここ三年程居を構えていたベルリンはノイケルンという場所が、いかにカオスで、けれど、様々な音に満ちていたかが分かる。あれは多分世界の縮図のようなところで、あれはベルリンをベルリン足らしめているというばかりというほかない。 そんなノイケルンの喧噪もやはり、ノイケルンを離れてわずか一週間で恋しくてたまらない。とはいえ、プラハでの生活はまだ一週間がたったばかりである。 あと3日程でノイケルンの喧噪とカオスの中へのつかの間の帰還となるのだが。それもまたよし。プラハでの生活はまた始まったばかりで、まだなにも見てやしない、聞いてもいないのだ。その事実がこの街へと小生をまだまだ引き止めることになるのだろう。

風雲!パンク城。ベルリン最終攻防戦?

先月のエンガーというドイツ随一のド田舎に関する記事の中で、パンクとそいつらを引き連れる御犬様について言及したので、思い出したが、そういった連中は最近のベルリンでも段々とお目にかかることが少なくなってきた。それも昨今のベルリンの文化的政治的傾向と無縁ではない。 一般的なイメージとして彼らにつきまとうもの。革ジャン。それについているイボイボやトゲトゲ。モヒカン頭。あるいはヤギ頭もしくはヤギのようなひげ。Sternburg、通称Sterniというライプチヒ産の究極のションベンビールを愛飲(もしくは痛飲)。北斗の拳に出てくる雑魚キャラのような風貌、といえば、ご理解いただけるかもしれない。 とはいえ。路上で生活することを強制されている連中もいるので、嘲笑や笑いの種にすることは断じてしたくはない。 ベルリンにはそうした連中が、普通に暮らせる場所がこれまでのことかかない、ということで、ヨーロッパ中もとい世界中から若いパンクやアナーキストたちがベルリンへと自然と集結するようになったのも、今に始まった話ではない。