幸神社、京都市上京区、2012年1月。

先日、京都・東山は今熊野、新日吉大社下にあった共同住宅の前にたたずむ猫の写真をポストしたが、小生は、実のところ、猫と愛称が実によろしくない。 かつて、ベルリンに来たばかりのころ、その当時住んでいたフラットの同居人が非常に仕付けの悪い猫を飼っていたのだが、それをめぐり入居して3ヶ月ほどたったころ、その仕付けかたをめぐってすったもんだの大げんかになったあげく、その場で、その家からの一週間以内に退去を告げられたこともあるぐらいだ。 これは独逸のみならず万国共通ともいえるのだろうが、つまり、その同居人は猫を飼っていたのではなく、猫に飼われていたのである。これは、パンク犬に飼われる雑魚パンクという図式と実に酷似している。 以来、猫という動物は不倶戴天の敵となっている。といっても、家で飼わらている猫に関してではあるが。そのせいで、ベルリン来たばかりの最初の1年目のころ家探しで、結果的に、損をしたこともしばしばある。