偉そうな犬に親父と。プラハ、2013年9月末。

プラハにきて一週間がたって、今住んでいるヴィノフラディでも、ようやく住んでいるという感覚が伴ってきた。ここは実に生活感溢れる場所で、プラハの中心部とも隔絶されているがゆえ、ここまでは旧市街やプラハ城周辺を賑わす観光客はさすがにここまではやってこず、日も傾く夕方となると、人通りも絶え、物音すら聞こえなくなる。 ここ三年程居を構えていたベルリンはノイケルンという場所が、いかにカオスで、けれど、様々な音に満ちていたかが分かる。あれは多分世界の縮図のようなところで、あれはベルリンをベルリン足らしめているというばかりというほかない。 そんなノイケルンの喧噪もやはり、ノイケルンを離れてわずか一週間で恋しくてたまらない。とはいえ、プラハでの生活はまだ一週間がたったばかりである。 あと3日程でノイケルンの喧噪とカオスの中へのつかの間の帰還となるのだが。それもまたよし。プラハでの生活はまた始まったばかりで、まだなにも見てやしない、聞いてもいないのだ。その事実がこの街へと小生をまだまだ引き止めることになるのだろう。

プラハも眠らない。

プラハ移住を来月に控えて当地にて現在家探し中であります。読者諸賢におかれましては、プラハ市内の間貸しなど耳にされましたら是非お知らせあれ。 先週この5月以来久々にプラハ入りを果たしたが、家の見学なども含めてたった16時間程の滞在だった。まあ、これから一年程住むわけだから、それでもいいわけだが。とはいえ、これからしばらくこの状態がなんども続くとなると骨が折れるに違いはあるまい。 今回は久々に中央駅に東側の界隈Žižkovジジュコフに宿を取った。宿の近くにあるジジュコフ最強の飲み屋の一つU vystřelenýho okaで久々のプラハ帰還を祝う。天気もよかったこともあり、飲み屋の前のビアガーデンの人ごみの中で一人でビールジョッキを傾けた。その週はプラハだけでなくベルリンを含めた中欧界隈で連日30度前後越えの天気で、その日の晩も夜半過ぎになっても飲み屋の前に人があふれた。