ヴァーンスドルフ、二時間。

電脳派チェコ文学者などという不遜な自称を奉じておきながら、あるまじきことに2011年の12月以降、一年半以上もチェコ共和国の地を踏まない日々が続いていたが、久々に彼の共和国の一部であるボヘミアの地へと再上陸を果たしてきたのは5月の初頭のことであった。 といっても、独逸から国境を跨いですぐの場所にある小さな街に、たった二時間程の間であったが。 独逸はザクセン自由州Freistaat SachsenはツィッタウZittauからザクセンとボヘミアをまたぐローカル線に揺られて15分程にあるヴァーンスドルフVarnsdorf。かつてはWarnsdorfと綴っていたのは、オーストリア・ハンガリー帝国の時代からチェコスロヴァキア第一共和国の時代を経て第二次世界大戦の終焉まで独逸人人口が街の多数派を占めていたが所以だ。