Berlinale 2014-総括 (下)

プラハでのOne World映画祭もあと水曜日まで。すでに10本以上は軽くみたので、はやいとこ今年のベルリン映画祭の総括をやっておきましょう。 ではベルリナーレ2014・総括二回目。ベルリナーレの第二週の週末は2月中旬にも関わらず天気がよかったこともあり、なかなか映画館で一日中になれず。それもあって今回は12本という本数に落ち着いた。プラハでのOne World映画祭もあと水曜日まで。すでに10本以上は軽くみたので、はやいとこ今年のベルリン映画祭の総括をやっておきましょう。

Berlinale 2014-総括 (上)

プラハでは一昨日からドキュメンタリー映画祭One Worldが開催されている。今回はアクレディテーションをとったので、これから来週火曜までの期間、また映画漬けになれる幸運。 ふとおもったのが、ベルリン映画祭からもうすでに3週間がたちつつあるな、ということ。時にはアウトプットも必要ということで。今後、映画館で公開される映画も何本かあるだろうし、その中には皆様にも見てほしい映画もあるので、総括しときます。 以下今年もみた映画12本(だったはず)を二回に分けて総括。意外ともう見た作品のことを忘れているのでこれは難航しそう。

京都・東山今熊野、2012年11月、並びにベルリン、2013年2月。

この地にはらまれしもの、 この地に生をうけるもの、 この地で地の祝福をうけ、 この地の灰となりし塵となれる、 汝と我のこと。 この地にありしものが、 そこに在る過程へと、 やがては地に朽ち果て、 再び塵と化し灰となり、 滅び行く姿を捉える、 容赦ない観察者。 その姿を捉えるはその一瞬一瞬である齣にすぎない。

Bio-Oko, プラハ・ホレショビチェ、2014年2月23日

ベルリン映画祭などで滞在が思いのほか長引いて3週間の長きにおよび, プラハ帰還はついこの日曜日の正午ごろにずれ込んででしまった。 家に帰れば、マヌケチェック同居人が3週間の間まるで家の掃除をした形跡もなく、 小生の部屋のベットではあの雌犬が昼寝をしていたらしく、ベットは犬の毛まみれという大惨事。 帰宅の午後中を家の掃除に費やすはめに。

アンジェイ・スタシウク 「ヨーロッパは自らの栄華への不安がためにくたばる」

先日ウクライナ人作家のユーリ・アンドゥルホヴィチによるウクライナ情勢に関する公開書簡を翻訳紹介した。

最近日本人を「飼い始めた」プラハ・ヴィノフラディの雌犬の小話。

妾は犬である。白の雌犬である。生年月日は知らぬ。 妾を「飼っている」とおめでたくも錯覚している痴れ者、ともかくも妾の書類上の「飼い主」である、チェコ人ダヴィド・Jがいうには2013年の一月ということである。 なので、妾はまだ一歳になっていないということである。 しかし、妾も間もなく一歳になる。かくして犬も年を重ねる。あなおかしである。

プラハにて犬に連れられて棒にあたる日々。

ベルリンにおりしころ、犬をつれて歩く人々を「犬に飼われる人々」と皮肉っていたことがある。 「パンク犬」という黒いシェパード犬に引っ張られるように道をゆくようなパンク達が長い間、ベルリンでは「犬に飼われる人々」の代表格であったが、最近はヒップスターやらモンスターペアレンツやそのご主人様であらせられるモンスターチルドレンを前に実に肩身が狭そうである。従って、ベルリンでもそんなパンク犬や彼ら彼女らが引きつらるパンク達を見かけることも段々と稀になりつつある。 とはいえ、プラハにおいて、当地のパンクがつれて歩くような犬は、実は小型の可愛らしい御犬様であることが多い。

ベオグラード発プラハ行き国際急行列車にて。パルドゥビチェープラハ。2013年12月9月。

半ズボン親父が出現したパルドゥビチェの場末のチェコ居酒屋を後にしたのは、月曜日も9時になろうかとするころだった。 小生たちはプラハ行きの終電に間に合うよう、足早にバスに乗り込みパルドゥビチェの中央駅へと向かう。 ホームにたつと、まもなく、プラハ行きのEuroCity国際急行列車がホームになだれ込んでくる。 そこで、小生をこの日のゼミに招待してくれた友人が食堂車に乗ろうと提案する。 プラハまで一時間。酔い覚ましの茶でもシバこうということになり、小生たちは列車の後方に位置する食堂車へ乗り込む。 すると、その食堂車の車体にはキリル文字でРесторан(レストラン)とあるではないか。

プラハの飲み屋の一人で佇む親父列伝Ⅱ。プラハ・ホレショヴィッツェ。2013年11月8日。

プラハの北の下町はホレショヴィッツェにある小生が昨今最も愛するチェコ飲み屋でのことだ。 前回紹介した半ズボン親父の隣には必ずといっていいほどいる親父の一人である。 タバコを燻らせ数独をひとりで繰り広げる親父のそばには手書きの伝票が。 そこにはすでに6つほどの縦線がひいてあるのみ。 これは大ジョッキ6杯飲んだという意味である。ジョッキが親父のそばに置かれるごとに、バーの親父がサクッと一本縦線をひいてゆく。 そして、勘定のときに、バーの親父がこれをみて清算する仕組みなのだ。   と思っていたらば、親父のそばに誰かが座ったのである。友人なのか、飲み屋仲間か。ただの相席か。 それにしても、一人で待つ間に6杯は飲むのだろうか。 なんで今度こそは親父と対決、そしてまた自戒。

半ズボン親父の伝説。パルドゥビチェ、チェコ共和国。2013年12月9日。

先週末は弾丸で、またしても、つかの間のベルリン帰還。 週が明けた月曜日は6時起床でプラハに正午ごろ帰還。息着く間もなく、一路東ボヘミアはパルドゥビチェへ。 当地の大学にてチェコ人の知り合いが受け持っている社会学のゼミにゲストで登場。 そこで、小生の博士論文のリサーチ内容について一時間程プレゼンをした後、ゼミの学生との交流を兼ねて、近くの飲み屋へ。 それは実に香ばしき飲み屋であった。