あるヒップスターの帰還。

過去との遭遇 先週、自分が当ブログで3年程前に物した「ヒップスター」について書いたログを読んだという方と偶然知り合うという僥倖にあずかった。ブログに何かを書くということとは、インターネットという荒れ狂う大海にガラス瓶通信を擲つようなものだと考えているから、それはそれで名誉なことだ。

サッカー無縁プラハ。

世間はサッカーで盛り上がっているといわれるが、小生が住まうプラハでは全くその気配すら感じることがないまま、4年に一度のサッカーの祭典ワールドカップなるものが始まってしまった。 チェコは今回大会には予選敗退ということもあり欠場。小生の周りのチェコ人は関心すらみせない。そもそも小生の周りにはサッカーをみるチェコ人の友人がいないということもあるが。 なんで、日本人の知り合いも片手で数えるほどの小生には、日本代表に入れ籠む日本人の知り合いもおらず、これまでの人生で一番盛り上がらないワールドカップになる可能性がある。

郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。

小生がいつも逍遥するような、郊外の風景というのは、一見、人工的で無味乾燥としているかもしれない。 その郊外という言葉が生まれたのはいつのころなのだろうか。都市が飽和状態になり、街が外へ外へ拡大していった時代だろう。日本では、20世紀になってからだろうか。文学者でいえば、佐藤春夫であったり、国木田独歩といったり、太宰治などが、いわゆる最初の東京の郊外の文学者たちであったといえるし、彼らの作品からは東京の西の郊外は、武蔵野の乾燥した砂埃の舞う光景が容易に思い起こされる。太宰治の小説は時々、宅地化が進み始めた東京の西の郊外などが舞台である。といっても、いまとは比較の仕様がないほど、森や田畑に満ちた風景だったのだろうけれど。 21世紀初頭の我々にとっては、もはや、郊外、そして、その郊外にあるような団地とは、20世紀を代表する文化的トポスとして、様々な文学や芸術作品のインスピレーションの源となっている。郊外をテーマにした漫画も多い。とはいえ、そんな漫画と小生にとっての対象aである郊外の風景とはまた同じようで異なるのかもしれない。自分自身、いまだ、よくわからない。

Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日

二つ目の展示は小生所属のWerkStadt e.V.と同じ通り、ベルリン・ノイケルンはEmserstr.にあります、Neuköllner Leuchtturmでのグループ展であります。 この展示はこのWerkStadt e.V.で写真を撮っているアーティスト並びに暗室をシェアしている4人との合同展であります。 オープニングは先ほど告知しましたWerkStadtでのグループ展の次の日の午後7時です。 場所-Emserstr.117, 12051 Berlin-Neuköllln(最寄り駅-S-Hermannstr.もしくはS&U Neukölln) 期間-2013年10月5日から10月25日まで。 オープニング-10月5日午後7時から Facebook:https://www.facebook.com/events/553001238088424/

展示のお知らせ・その1 – „Kunstproduktions-stätte“ @ WerkStadt e.V., オープニング-10月6日午後7時

プラハに引っ越しておきながら、来月の頭には小生が参加するグループ展が二件執り行われることに相成りました。なので、今日はそのアナウンスであります。 そのうちの一件は小生所属のベルリン・ノイケルンはWerkStadt.e.V.おこなれます所属アーティストたちによりますグループ展であります。そこに一枚出品することに相成りました。

風雲!パンク城。ベルリン最終攻防戦?

先月のエンガーというドイツ随一のド田舎に関する記事の中で、パンクとそいつらを引き連れる御犬様について言及したので、思い出したが、そういった連中は最近のベルリンでも段々とお目にかかることが少なくなってきた。それも昨今のベルリンの文化的政治的傾向と無縁ではない。 一般的なイメージとして彼らにつきまとうもの。革ジャン。それについているイボイボやトゲトゲ。モヒカン頭。あるいはヤギ頭もしくはヤギのようなひげ。Sternburg、通称Sterniというライプチヒ産の究極のションベンビールを愛飲(もしくは痛飲)。北斗の拳に出てくる雑魚キャラのような風貌、といえば、ご理解いただけるかもしれない。 とはいえ。路上で生活することを強制されている連中もいるので、嘲笑や笑いの種にすることは断じてしたくはない。 ベルリンにはそうした連中が、普通に暮らせる場所がこれまでのことかかない、ということで、ヨーロッパ中もとい世界中から若いパンクやアナーキストたちがベルリンへと自然と集結するようになったのも、今に始まった話ではない。

郊外へ。ベルリン・ブリーツ。

先週末の土曜日ふと思いついて、小生宅のあるノイケルンから南の方へふらふらと歩いていった。 昨年の今頃は自転車でこそ、ノイケルンの南側の典型的な郊外といわれる風景に、どことないノスタルジーを覚えながら、草生した団地の間の小道を逍遥することが多かった。 多分こういう風景が最近までの日本の大都会の郊外にもあったのだな、と思う。いやまだあるのだろうが。

さよなら、ヒップスター。

ベルリンはオルタナティヴスト、究極のインディヴィジュアリスト、もといパンク、アナーキスト、シュヴァーベ(ベルリンでは田舎者という意味で使われる)たちの都といわれて久しいが、まあどれもあたってるんだろうと思う。有造無造の連中がいるこの街は誰がどうなんといおうと貧乏は貧乏でそれは不幸であるけれど、小生の中では、いまだ世界一セクシーな街であり続けている。 そんな世界一セクシーな街に引かれてやってくる連中も様々だが、ここ数年この街の様々なシーンを、特に小生の住む西ベルリンはノイケルンやクロイツベルクにて、にぎわせている連中がいる。 そいつらはかつてヒップスターHipsterといわれていた。

突如写真展のお知らせ。

突然ですが、展覧会のお知らせ。 小生所属のベルリン・ノイケルンはWerkStadt e.V.にてこれから二週間、同僚のAnette Blumと展示をさせてもらえることになりました。今日の19時からオープニングをとり行いますゆえ、ビールでも飲みながら始まったばかりの春の夕べを過ごしませう。 場所:Emserstr.124, 12051 Berlin-Neukölln 最寄り駅:U-Hermannstr. あるいはU&S-Neukölln

ノイケルンは嵐の前の静けさ?

突如の家のネットがダウン。曰くKabel Deutschlandの回線がほぼベルリン全域でダウンしているとのことだが復旧にむかっているということだ。今日は午前中からWerkStadtで作業している。 もう日もとっぷりくれて午後7時半をすぎているというのに小生はあいもかわらず残業中のごとくラップトップに向かっている。通りを行く人びとがAppleロゴのついているラップトップにかじりついている小生をジロジロと見ながら通り過ぎていく。やれやれMitteあたりにいたデジタル・ボヘミアンとかいう連中がこのあたりまで侵攻してきたのか、と通行中のご近所の皆様がそう思われるのもさもありなんというやつである。 WerkStadtはノイケルンはKörnerkiezはIlsestr.とEmserstr.のちょうど角にある。そんなWerkStadtから見た通りの向かい側には、ノイケルンでもごくありふれたものとなったそんなデジタルボヘミアンの巣窟とはまた別の世界がある。

リヴェンジか。

小生的にはサッカーのヨーロッパ選手権の行方にはあまり興味がなくなってきたのだけれど、それでも今日のチェコ対葡萄牙戦には俄然力がはいる。それは小生がDigitalní bohemsitaを自称しているからではない。 96年のユーロではネドヴェド、ポボルスキーを擁するチェコがフィーゴとルイ・コスタ率いる黄金世代の葡萄牙を撃破、決勝で独逸にやぶれたものの、チェコサッカーの質を世界に知らしめた大会となった。

ポーランド領ノイケルン。

ベルリンにはポーランド人がたくさんいる。 小生が住むノイケルンは恐らくベルリンでも屈指のポーランド人街だ。 もともと隣国ということもあり、しかもベルリンから100キロも行けばポーランドということでかつてからポーランド人が多かったけれど、昨年4月からポーランド人に対しての独逸での労働制限がなくなったこともあり、この一年特に増えたような気がするのは気のせいでもなんでもない。