Kategorien-Archiv: ポーランド

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ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午後10時(東ヨーロッパ時間)。リビウ到着。

ポーランドからウクライナへの国境越えは意外にもはやく過ぎた。 といっても2時間はバスの中で待機する必要はあったけれど。それでも、一度もトイレ以外の用事で外にでることも呼び出されることもなく。 なによりもウクライナ側が手荷物検査がなくなった。 バスが国境についたころには日は西の空深くに傾きはじめていて、あれとあれよというまに西の地平線の向こうへ消えていった。時間がたつとともに国境検問状の蛍光灯だけが、しかし、薄暗く検問所の屋根の下を照らし出すのみ。それが空の色の青さと奇妙なコントラストをなしていた。検問所の向こうのただの暗闇。

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ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午後6時。「最終ゲート」。Hrebenneにて。

小生たちを乗せたバスは、ワルシャワ市街を半周して、ウクライナはリヴィウへ向けてと走る。ワルシャワの郊外から市街へでるあたりはモダンな自動車専用道路だったが、とたんに整備のされていないアスファルトの波打つ道へとさしかかる。 小生たち乗客は、ホップ、ホップ、車とともに飛びはねる、またはねる。窓はその度にびびびと震える。

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ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午前10時半。ワルシャワ西駅前バスターミナル。

今回の旅の伴侶であるM君は非常に早起きだ。小生が目覚めたころにはもうすでに彼は朝のワルシャワ市中へと繰り出していた。これからの二週間、彼の早起きぶりには感嘆させられることしきりなのだが、やはり旅先での時間は貴重だ。彼の時間の使い方には歴然とした分がある。早寝早起きこそ今回の小生たちのような旅での時間の使い方の黄金律だ。 朝9時。天気はそれほどよくはみえない。曇りがちの空で、窓の下の地面は少しぬれているのがわかった。ポーランドの二日目は雨。リビウもウクライナもまた雨なのか。

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ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月3日午後8時半ごろ。ワルシャワ・セントラルナ帰還。

小生たちのベルリン・ワルシャワ・エクスプレスはほぼ定刻通り午後8時半ごろワルシャワ中央駅ことWarszawa Centralnaに到着した。この中央駅は地下に位置しており、訪れるたびに駅構内が明るくなっていく印象があった。かつてはとにかく暗い印象だけが残る駅だっただけに。 聞いてはいたけれど、2010年夏以来ぶりのワルシャワ中央駅は前回よりも、そしていうまでもなく、小生がはじめてこの駅に到着した90年代末とくらべても信じられないぐらい駅構内が明るくなっていた。

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ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月3日午後4時。オーデル川越え。

オーデル川越えは小生にとってはいつも特別な瞬間である。 ドイツ側のフランクフルト・アン・デア・オーデルからポーランド側のスウヴィッチェへ、またその逆へ。これまで何度となくこの川を越えてきた。それはポーランドという国の旅の始まりであり、同時にそこでの旅の終わりでもあった。 初めてこの川を越えたのは、もう10年以上も前になるから、20世紀末のことだ。

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ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月3日午後2時50分。ベルリン東駅。

これから長旅に出る直前だというのに、しかも、最初の数日はかなり強行軍であるが分かっていたというのに、とにかく体調がすぐれないままベルリンは東駅Ostbahnhofのホームに小生はいた。 これからいくのはヨーロッパのメキシコあるいは中国ともいわれるポーランドのさらにその向こうのウクライナなのである。となるとウクライナはヨーロッパの・・・、何なのだろう。

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首都のフットボール馬鹿ども。

昨日ブンデスリーガの一部と二部の昇格と降格をかけたプレーオフでフォルトゥナ・デュッセルドルフとヘルタ・ベルリンが対決したのだけれど、結末はなんともはやということになってしまった。 フォルトゥナは15年ぶりの昇格がかかっていただけに、ファンの熱狂ぶりは凄まじかった。なんせ、プレーオフ第一戦、ベルリンでのアウェイ戦を2−1で勝ってしまったうえ、後半90分をすぎて2−2で同点と言う展開。けれど、もし、ヘルタがもう一点取って2-3のスコアにされてしまったら、アウェイゴールルールでトータルで逆転、また来季も2部でという状況だっただけに、ファンの焦燥ぶりは言語に絶するものがあったのだろう。

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ウクライナとポーランドへサッカーを見に行ってきたのだが。

先週月曜ワルシャワより帰還。 Twitterなどでフォローしていただいている諸賢には御存知のことかもしれないが、4月の初頭からウクライナを約二週間、そして今回ポーランドを十日間旅していた。まもなく開催される「はず」のサッカーのヨーロッパ選手権、通称ユーロ2012、を控えた両国の直前を視察してきた。という聞こえ方はいいが、そもそも小生のような貧乏人にユーロなどという金持ちの為のお祭りを現地のスタジアムで堪能する余裕などはない。

Prague Central Station, 25. December 2010

ポーランドへはまた。

13年前にはじめてプラハからポーランドへ向かった列車の中はとてつもなく暑かった、と記憶している。 プラハからヴロツワフへ向かう列車の中。ハンガリーからスロヴァキアを経て、プラハにやってきた小生は当時、夜のプラハを夢遊病者のようにさすらう。あの夏の夜のプラハは日本の夏の夜を思い起こさせるぐらい湿っていたと記憶している。すでに90年代の末だったか。 ここ二年程、ベルリンとプラハの間を行き来するような生活になり、プラハもかつて10年以上前に訪れた時のような目眩がしたような小道の連続する旧市街やマラーストラナーに滅多に足が向かなくなってからもう久しい。それでも、あの時のプラハの小道にまとわりつくような湿気と夜の温みはまだ小生の体が記憶している。

Pidhirtskij Zamek, Ukraine

ター、ター。

さて。夏はいったいどこへいってしまったか、という天気だけれど、突如雨のガリチアから初夏のガリチアへ、記憶は飛ぶ飛ぶ。ベルリンは現在午後9時半で、小雨、17度か。肌寒い。今年の夏はめためたに暑いところにいってもいいのでは、と思ったりもしている。というとどこだ、アラビア半島か、それともアフリカか、中央アジアか。さて。(以下昨年8月アップのログ)