この角の向こうはどこでもないどこかへ。ジリナ、スロバキア、2013年11月15日

なんてことはない郊外の風景だけれど、なんとなしにシャッターをきったこの光景。

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というのは、多分、この角の向こう側にどこか昔みたような景色が広がっているような気がしたからかもしれない。

ひょっとして、京都の北区のどこか、東京の都下のどこか。

なにか、中途できれたものが、ここで繋がった。そんな感覚。 „この角の向こうはどこでもないどこかへ。ジリナ、スロバキア、2013年11月15日“ weiterlesen

郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。

小生がいつも逍遥するような、郊外の風景というのは、一見、人工的で無味乾燥としているかもしれない。

その郊外という言葉が生まれたのはいつのころなのだろうか。都市が飽和状態になり、街が外へ外へ拡大していった時代だろう。日本では、20世紀になってからだろうか。文学者でいえば、佐藤春夫であったり、国木田独歩といったり、太宰治などが、いわゆる最初の東京の郊外の文学者たちであったといえるし、彼らの作品からは東京の西の郊外は、武蔵野の乾燥した砂埃の舞う光景が容易に思い起こされる。太宰治の小説は時々、宅地化が進み始めた東京の西の郊外などが舞台である。といっても、いまとは比較の仕様がないほど、森や田畑に満ちた風景だったのだろうけれど。

21世紀初頭の我々にとっては、もはや、郊外、そして、その郊外にあるような団地とは、20世紀を代表する文化的トポスとして、様々な文学や芸術作品のインスピレーションの源となっている。郊外をテーマにした漫画も多い。とはいえ、そんな漫画と小生にとっての対象aである郊外の風景とはまた同じようで異なるのかもしれない。自分自身、いまだ、よくわからない。 „郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。“ weiterlesen

大阪市此花区西九条近辺、2013年1月。

やれやれ。秋も深まって参り夜長となるこの頃。

プラハも、恐らくベルリンも、秋の色濃く、街路樹は段々とその葉の色をかえて、それはやがて自らを落ち葉に埋もれさせていく、そんな季節になってきた。

街の空気も段々肌を冷たくさするようなこんなとき思い出すのは、かつて日本にいた頃、どこかの河川敷あたりで見た光景。

小生も東京に4年間おりしおり、一年半を東京の北は赤羽、二年半を武蔵野は府中で過ごした。

その赤羽にいたころ、年中を通して、よく夕暮れ頃、散歩がてら赴いたのがすぐそばを流れる荒川だった。秋も深まる季節、日がとっぷりくれた時間、河川敷を歩いて目の当たりにするのは、鉄橋に、それを通り過ぎる京浜東北線。その横をまたぐ自動車橋の上を家路へと急ぐる自転車の影。そこへ橋の鉄筋が夕闇へと解けてゆく。 „大阪市此花区西九条近辺、2013年1月。“ weiterlesen

偉そうな犬に親父と。プラハ、2013年9月末。

プラハにきて一週間がたって、今住んでいるヴィノフラディでも、ようやく住んでいるという感覚が伴ってきた。ここは実に生活感溢れる場所で、プラハの中心部とも隔絶されているがゆえ、ここまでは旧市街やプラハ城周辺を賑わす観光客はさすがにここまではやってこず、日も傾く夕方となると、人通りも絶え、物音すら聞こえなくなる。

ここ三年程居を構えていたベルリンはノイケルンという場所が、いかにカオスで、けれど、様々な音に満ちていたかが分かる。あれは多分世界の縮図のようなところで、あれはベルリンをベルリン足らしめているというばかりというほかない。

そんなノイケルンの喧噪もやはり、ノイケルンを離れてわずか一週間で恋しくてたまらない。とはいえ、プラハでの生活はまだ一週間がたったばかりである。

あと3日程でノイケルンの喧噪とカオスの中へのつかの間の帰還となるのだが。それもまたよし。プラハでの生活はまた始まったばかりで、まだなにも見てやしない、聞いてもいないのだ。その事実がこの街へと小生をまだまだ引き止めることになるのだろう。 „偉そうな犬に親父と。プラハ、2013年9月末。“ weiterlesen

アイゼンヒュッテンシュタット、3時間。2013年9月13日。

昨日よりプラハはヴィノフラディ区に居を構えるようになりました。当面はこれから9ヶ月滞在することになるプラハから日々の冒険をおとどけるすることに致します。

さて、先週末ついにいってきましたアイゼンヒュッテンシュタット。

労働者の労働者による労働者のための街。社会主義がまだ多少息吹きを残している街だった。とはいえ、旧ソ連圏で、これよりもさらに派手な社会主義謹製メガロタウンを見慣れてきたこの小生の目には、多少田舎にある計画都市という印象以上のものではなかったが。ともあれ、3時間程度の滞在ではなにも見ていないということだろう。なので、またいかねばなるまいが、これはチェコ帰還以後、来年の夏以降のお楽しみとしておこう。

今回の訪問のハイライトはドイツ民主共和国における日常文化の資料館Dokumentationszentrum Alltagskultur der DDRだっただろうか。 „アイゼンヒュッテンシュタット、3時間。2013年9月13日。“ weiterlesen