ブランデンブルク・アン・デア・ハーフェル、6時間、2014年9月15日

ベルリン帰還間近、と本日はプラハから打電。 まもなく1年にわたるプラハ滞在も残すところあと一月。時の過ぎ去り方の早さに愚痴をこぼしても、瑣末なだけゆえ、これからじっくりその濃密なプラハもといチェコでの1年間について、おいおい語っていきたいと思っている。 このところは実にベルリン帰還を果たしてはいる。それこそ二週間もとい三週間に一回のペースで。 先週末も実はベルリンにいたのであるが、天気も良かったことであるので、久々にベルリンより、ポツダムを超えてさらに西にあるブランデンブルク・アン・デア・ハーフェルへ。

アイゼンヒュッテンシュタット、3時間。2013年9月13日。

昨日よりプラハはヴィノフラディ区に居を構えるようになりました。当面はこれから9ヶ月滞在することになるプラハから日々の冒険をおとどけるすることに致します。 さて、先週末ついにいってきましたアイゼンヒュッテンシュタット。 労働者の労働者による労働者のための街。社会主義がまだ多少息吹きを残している街だった。とはいえ、旧ソ連圏で、これよりもさらに派手な社会主義謹製メガロタウンを見慣れてきたこの小生の目には、多少田舎にある計画都市という印象以上のものではなかったが。ともあれ、3時間程度の滞在ではなにも見ていないということだろう。なので、またいかねばなるまいが、これはチェコ帰還以後、来年の夏以降のお楽しみとしておこう。 今回の訪問のハイライトはドイツ民主共和国における日常文化の資料館Dokumentationszentrum Alltagskultur der DDRだっただろうか。

リベレツ(チェコ共和国)-チッタウ(ドイツ・ザクセン)、2010年5月。

年の大半を異国の地で過ごしている故か、ハラハラドキドキの冒険や旅の夢でもよく見たいとも思っている。 実際の夢の内容は金輪際記憶にはないのだけれど、実によく見る夢の大半は、しかも、あまりにも繰り返してみる故に、目覚め後も非常に記憶に残るのだが、それは、是から旅に出ようとして駅や空港行く途上、あるいはその駅と空港での旅立ちの時を迎えるその刹那、なにかによって、その旅立ちが妨げられる、というような不条理なものばかりである。 よく小生が旅にでると予告しても、なかなか諸事情によって、実際に旅立てない、あるいはその旅立ちの日を遅らせるということも実に実際よくある。その現実によくある小生の大言不実行ぶりに対して、昨年の4月と5月にポーランドとウクライナをめぐった写真家のMクンはその名も「行く行く詐欺」なる痛烈なる皮肉を小生に賜われたのであった。