ベルリンからまた別の「ベルリン」へ

ベルリンからまた別の「ベルリン」へ

ベルリンなる無縁の地をあとに 僕が14年の時を過ごしたベルリンとは無縁の地ではないか、という思いが京都に帰還して一年経とうとする今になって首をもたげてきた。

日常生活の冒険は、自己責任で。

日常生活の冒険は、自己責任で。

リモノフについて書こうとして・・・ 今日の御題はロシア人作家あるいは活動家のエドゥアルド・リモノフについて。というよりも、エドゥアルド・リモノフについて書いたログを再投稿しようとして介入してきた雑念が実はお題である。

パルドゥビチェの火葬場。2014年10月15日

パルドゥビチェの火葬場。2014年10月15日

先週半ば、カメラバックの奥底からカラーのブローニーフィルム2ロール、一年ぶりぐらいに発掘された。特に何を撮ったのか思いを巡らせることもせず、そのまま、他のフィルムと一緒にそのブローニーフィルムを現像に出したのが、一昨日ぐらいに戻って来た。 ひょんなことからその存在をすっかり忘れていたそのネガティヴには、ちょうど去年の今頃、プラハを去る前ごろに撮った絵が写し込まれていた。 昨年の今頃はまだプラハに住んでいたのだ。 この春から夏にかけて博士論文の執筆とリサーチで図書館に住むような生活が続いていたその多忙さから、昨年の今頃の話など、遥か彼方の昔である。

ブランデンブルク・アン・デア・ハーフェル、6時間、2014年9月15日

ブランデンブルク・アン・デア・ハーフェル、6時間、2014年9月15日

ベルリン帰還間近、と本日はプラハから打電。 まもなく1年にわたるプラハ滞在も残すところあと一月。時の過ぎ去り方の早さに愚痴をこぼしても、瑣末なだけゆえ、これからじっくりその濃密なプラハもといチェコでの1年間について、おいおい語っていきたいと思っている。 このところは実にベルリン帰還を果たしてはいる。それこそ二週間もとい三週間に一回のペースで。 先週末も実はベルリンにいたのであるが、天気も良かったことであるので、久々にベルリンより、ポツダムを超えてさらに西にあるブランデンブルク・アン・デア・ハーフェルへ。

プラハの飲み屋の一人で佇む親父列伝。プラハ・ホレショヴィッツェ。2013年11月1日。

プラハの飲み屋の一人で佇む親父列伝。プラハ・ホレショヴィッツェ。2013年11月1日。

プラハの飲み屋にいけば必ずいる親父。 彼らは例外なく一人で佇む。一杯のビールを一時間かけて飲む。そして、何時間もそこにいる。 けれど、誰もなにもいわない。バーマンにとっても彼の存在があまりにも日常すぎるのだろう。 そんな親父はそこに座る間、身じろぎもしない。

郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。

郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。

小生がいつも逍遥するような、郊外の風景というのは、一見、人工的で無味乾燥としているかもしれない。 その郊外という言葉が生まれたのはいつのころなのだろうか。都市が飽和状態になり、街が外へ外へ拡大していった時代だろう。日本では、20世紀になってからだろうか。文学者でいえば、佐藤春夫であったり、国木田独歩といったり、太宰治などが、いわゆる最初の東京の郊外の文学者たちであったといえるし、彼らの作品からは東京の西の郊外は、武蔵野の乾燥した砂埃の舞う光景が容易に思い起こされる。太宰治の小説は時々、宅地化が進み始めた東京の西の郊外などが舞台である。といっても、いまとは比較の仕様がないほど、森や田畑に満ちた風景だったのだろうけれど。 21世紀初頭の我々にとっては、もはや、郊外、そして、その郊外にあるような団地とは、20世紀を代表する文化的トポスとして、様々な文学や芸術作品のインスピレーションの源となっている。郊外をテーマにした漫画も多い。とはいえ、そんな漫画と小生にとっての対象aである郊外の風景とはまた同じようで異なるのかもしれない。自分自身、いまだ、よくわからない。

Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日

Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日

二つ目の展示は小生所属のWerkStadt e.V.と同じ通り、ベルリン・ノイケルンはEmserstr.にあります、Neuköllner Leuchtturmでのグループ展であります。 この展示はこのWerkStadt e.V.で写真を撮っているアーティスト並びに暗室をシェアしている4人との合同展であります。 オープニングは先ほど告知しましたWerkStadtでのグループ展の次の日の午後7時です。 場所-Emserstr.117, 12051 Berlin-Neuköllln(最寄り駅-S-Hermannstr.もしくはS&U Neukölln) 期間-2013年10月5日から10月25日まで。 オープニング-10月5日午後7時から Facebook:https://www.facebook.com/events/553001238088424/

アイゼンヒュッテンシュタット、3時間。2013年9月13日。

アイゼンヒュッテンシュタット、3時間。2013年9月13日。

昨日よりプラハはヴィノフラディ区に居を構えるようになりました。当面はこれから9ヶ月滞在することになるプラハから日々の冒険をおとどけるすることに致します。 さて、先週末ついにいってきましたアイゼンヒュッテンシュタット。 労働者の労働者による労働者のための街。社会主義がまだ多少息吹きを残している街だった。とはいえ、旧ソ連圏で、これよりもさらに派手な社会主義謹製メガロタウンを見慣れてきたこの小生の目には、多少田舎にある計画都市という印象以上のものではなかったが。ともあれ、3時間程度の滞在ではなにも見ていないということだろう。なので、またいかねばなるまいが、これはチェコ帰還以後、来年の夏以降のお楽しみとしておこう。 今回の訪問のハイライトはドイツ民主共和国における日常文化の資料館Dokumentationszentrum Alltagskultur der DDRだっただろうか。