ベルリンからまた別の「ベルリン」へ

ベルリンからまた別の「ベルリン」へ

ベルリンなる無縁の地をあとに 僕が14年の時を過ごしたベルリンとは無縁の地ではないか、という思いが京都に帰還して一年経とうとする今になって首をもたげてきた。

ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午後10時(東ヨーロッパ時間)。リビウ到着。

ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午後10時(東ヨーロッパ時間)。リビウ到着。

ポーランドからウクライナへの国境越えは意外にもはやく過ぎた。 といっても2時間はバスの中で待機する必要はあったけれど。それでも、一度もトイレ以外の用事で外にでることも呼び出されることもなく。 なによりもウクライナ側の手荷物検査がなくなった。 バスが国境についたころには日は西の空深くに傾きはじめていて、あれとあれよというまに西の地平線の向こうへ消えていった。時間がたつとともに国境検問状の蛍光灯だけが、しかし、薄暗く検問所の屋根の下を照らし出すのみ。それが空の色の青さと奇妙なコントラストをなしていた。検問所の向こうはただの暗闇。

ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午後6時。「最終ゲート」。Hrebenneにて。

ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月4日午後6時。「最終ゲート」。Hrebenneにて。

小生たちを乗せたバスは、ワルシャワ市街を半周して、ウクライナはリヴィウへ向けてと走る。ワルシャワの郊外から市街へでるあたりはモダンな自動車専用道路だったが、とたんに整備のされていないアスファルトの波打つ道へとさしかかる。 小生たち乗客は、ホップ、ホップ、車とともに飛びはねる、またはねる。窓はその度にびびびと震える。

ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月3日午後4時。オーデル川越え。

ベルリン-ドネツク-エクスプレス: 2012年4月3日午後4時。オーデル川越え。

オーデル川越えは小生にとってはいつも特別な瞬間である。 ドイツ側のフランクフルト・アン・デア・オーデルからポーランド側のスウヴィッチェへ、またその逆へ。これまで何度となくこの川を越えてきた。それはポーランドという国の旅の始まりであり、同時にそこでの旅の終わりでもあった。 初めてこの川を越えたのは、もう10年以上も前になるから、20世紀末のことだ。