サッカー無縁プラハ。

世間はサッカーで盛り上がっているといわれるが、小生が住まうプラハでは全くその気配すら感じることがないまま、4年に一度のサッカーの祭典ワールドカップなるものが始まってしまった。

チェコは今回大会には予選敗退ということもあり欠場。小生の周りのチェコ人は関心すらみせない。そもそも小生の周りにはサッカーをみるチェコ人の友人がいないということもあるが。

なんで、日本人の知り合いも片手で数えるほどの小生には、日本代表に入れ籠む日本人の知り合いもおらず、これまでの人生で一番盛り上がらないワールドカップになる可能性がある。 „サッカー無縁プラハ。“ weiterlesen

京都・東山今熊野、2012年11月、並びにベルリン、2013年2月。

この地にはらまれしもの、
この地に生をうけるもの、
この地で地の祝福をうけ、
この地の灰となりし塵となれる、
汝と我のこと。

この地にありしものが、
そこに在る過程へと、
やがては地に朽ち果て、
再び塵と化し灰となり、
滅び行く姿を捉える、
容赦ない観察者。

その姿を捉えるはその一瞬一瞬である齣にすぎない。 „京都・東山今熊野、2012年11月、並びにベルリン、2013年2月。“ weiterlesen

郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。

小生がいつも逍遥するような、郊外の風景というのは、一見、人工的で無味乾燥としているかもしれない。

その郊外という言葉が生まれたのはいつのころなのだろうか。都市が飽和状態になり、街が外へ外へ拡大していった時代だろう。日本では、20世紀になってからだろうか。文学者でいえば、佐藤春夫であったり、国木田独歩といったり、太宰治などが、いわゆる最初の東京の郊外の文学者たちであったといえるし、彼らの作品からは東京の西の郊外は、武蔵野の乾燥した砂埃の舞う光景が容易に思い起こされる。太宰治の小説は時々、宅地化が進み始めた東京の西の郊外などが舞台である。といっても、いまとは比較の仕様がないほど、森や田畑に満ちた風景だったのだろうけれど。

21世紀初頭の我々にとっては、もはや、郊外、そして、その郊外にあるような団地とは、20世紀を代表する文化的トポスとして、様々な文学や芸術作品のインスピレーションの源となっている。郊外をテーマにした漫画も多い。とはいえ、そんな漫画と小生にとっての対象aである郊外の風景とはまた同じようで異なるのかもしれない。自分自身、いまだ、よくわからない。 „郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。“ weiterlesen

Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日

二つ目の展示は小生所属のWerkStadt e.V.と同じ通り、ベルリン・ノイケルンはEmserstr.にあります、Neuköllner Leuchtturmでのグループ展であります。

この展示はこのWerkStadt e.V.で写真を撮っているアーティスト並びに暗室をシェアしている4人との合同展であります。

オープニングは先ほど告知しましたWerkStadtでのグループ展の次の日の午後7時です。

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場所-Emserstr.117, 12051 Berlin-Neuköllln(最寄り駅-S-Hermannstr.もしくはS&U Neukölln)
期間-2013年10月5日から10月25日まで。
オープニング-10月5日午後7時から
Facebook:https://www.facebook.com/events/553001238088424/
„Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日“ weiterlesen

展示のお知らせ・その1 – „Kunstproduktions-stätte“ @ WerkStadt e.V., オープニング-10月6日午後7時

プラハに引っ越しておきながら、来月の頭には小生が参加するグループ展が二件執り行われることに相成りました。なので、今日はそのアナウンスであります。

そのうちの一件は小生所属のベルリン・ノイケルンはWerkStadt.e.V.おこなれます所属アーティストたちによりますグループ展であります。そこに一枚出品することに相成りました。 „展示のお知らせ・その1 – „Kunstproduktions-stätte“ @ WerkStadt e.V., オープニング-10月6日午後7時“ weiterlesen