チャリ通たちの蜂起

月に一度に「発生」する自転車の大軍 クリティカル・マスという言葉を初めて耳にしたのは昨年ぐらいのことだった。カリフォルニア出身の女友達が、ベルリンでもここ数年クリティカル・マスという名の自転車デモが「起こる」とようになってきて、数千人サイクリストがベルリンの街中を行く様は壮観だった、と興奮気味に語っていたのが、初めてだったと記憶している。

新年早々雪。2015年1月2日。京都・鷹峯。

新年あけましておめでとうさんです。 年明け早々京都は雪です。今もジャカジャカ降ってます。立命館大学北門周辺では積もった雪に手を突っ込んだら、ゆうに手首まではつかるぐらい降ってます。日本海側なら普通かもしれませんが、京都の北野あたりでこれぐらいつもるのはちょいと記憶にない。明日の朝迄断続的に降り続くらしく、このままだと明日の朝までに30センチぐらいはつもりそうな勢いかも。

京都・東山今熊野、2012年11月、並びにベルリン、2013年2月。

この地にはらまれしもの、 この地に生をうけるもの、 この地で地の祝福をうけ、 この地の灰となりし塵となれる、 汝と我のこと。 この地にありしものが、 そこに在る過程へと、 やがては地に朽ち果て、 再び塵と化し灰となり、 滅び行く姿を捉える、 容赦ない観察者。 その姿を捉えるはその一瞬一瞬である齣にすぎない。

Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日

二つ目の展示は小生所属のWerkStadt e.V.と同じ通り、ベルリン・ノイケルンはEmserstr.にあります、Neuköllner Leuchtturmでのグループ展であります。 この展示はこのWerkStadt e.V.で写真を撮っているアーティスト並びに暗室をシェアしている4人との合同展であります。 オープニングは先ほど告知しましたWerkStadtでのグループ展の次の日の午後7時です。 場所-Emserstr.117, 12051 Berlin-Neuköllln(最寄り駅-S-Hermannstr.もしくはS&U Neukölln) 期間-2013年10月5日から10月25日まで。 オープニング-10月5日午後7時から Facebook:https://www.facebook.com/events/553001238088424/

吉田寮食堂、京都市左京区、2012年1月。

つい先日京都大学の西部講堂の話をしたので、今度は京都大学構内でも学内をかつては三分するほどの拠点を誇った吉田寮とその食堂の話をしよう。 京都の大学生にもなれない浪人退屈男の一人であった小生にとって、京都大学とは背伸びをしても入れない雲の上のような場所であったというよりも、退屈な日々を紛らわすのにふさわしい時間と場所を提供してくれるところに他ならなかった。 その中の一つが吉田寮食堂だ。名前の通りここは、吉田寮という京都大学に属する学生寮の食堂なのであるが、実態はその名前と非常にかけ離れている。

幸神社、京都市上京区、2012年1月。

先日、京都・東山は今熊野、新日吉大社下にあった共同住宅の前にたたずむ猫の写真をポストしたが、小生は、実のところ、猫と愛称が実によろしくない。 かつて、ベルリンに来たばかりのころ、その当時住んでいたフラットの同居人が非常に仕付けの悪い猫を飼っていたのだが、それをめぐり入居して3ヶ月ほどたったころ、その仕付けかたをめぐってすったもんだの大げんかになったあげく、その場で、その家からの一週間以内に退去を告げられたこともあるぐらいだ。 これは独逸のみならず万国共通ともいえるのだろうが、つまり、その同居人は猫を飼っていたのではなく、猫に飼われていたのである。これは、パンク犬に飼われる雑魚パンクという図式と実に酷似している。 以来、猫という動物は不倶戴天の敵となっている。といっても、家で飼わらている猫に関してではあるが。そのせいで、ベルリン来たばかりの最初の1年目のころ家探しで、結果的に、損をしたこともしばしばある。

今熊野、京都・東山、2012年11月。

京都で「野」がつくような地名をあげてみよう。 北野、紫野、蓮台野、嵯峨野、鳥辺野、化野、高野、そして、今日の御題となる場所である、今熊野といったところであろうか。 その京都の「野」がつく地名であるが、現在の京都市内の中では仏教寺院が比較的多く集中する場所でもあり、その大半は観光地としても知られている場所でもある。それらの地名はだいたい京都の歴史的中心部からみるとやや周辺部に位置している。 その中でも、かつて京の七野としられていた場所がある。内野、北野、平野、上野、紫野、蓮台野、〆野がこれにあたるという。これらの地の大半は今の京都市内ではほぼ北区にあたる。

京都大学・西部講堂、2012年1月。

ここへは本当によく来た。この京都大学の西部講堂の隣にあるサークル棟へと先輩を尋ねて。ここは京都という街における日々の探検のアジトのようなものだった。 もちろん、講堂で行われるイベントにも時折足を運んだ。むしろ、京都を出てから、そして、ベルリンにいってからも、時々都に戻る折にも度々。ベルリンから戻ってきても、京都、特に京都大学の周辺は、ゼロ年代の初頭からベルリンに居を構える小生にとっても、違和感なく帰ってゆける場所でもあった。 多分、京都出身の高校生にとってはこの京都大学のサークル棟の先輩訪問は、ある種の儀式のようなものではなかったか。今から思うと、小生は大学進学前にして、京都大学という、自分の故郷の最高学府にして、京都最高の解放区なるものの神髄に触れられるという僥倖にあずれたものである。

突如写真展のお知らせ。

突然ですが、展覧会のお知らせ。 小生所属のベルリン・ノイケルンはWerkStadt e.V.にてこれから二週間、同僚のAnette Blumと展示をさせてもらえることになりました。今日の19時からオープニングをとり行いますゆえ、ビールでも飲みながら始まったばかりの春の夕べを過ごしませう。 場所:Emserstr.124, 12051 Berlin-Neukölln 最寄り駅:U-Hermannstr. あるいはU&S-Neukölln

国宝の鐘

久々に更新しておいての御題がむやみやたら唐突すぎるかもしれぬが、ご容赦あれ。 小生こと、この11月を久々に京の都で過ごしておりましたが、かつてその小生も若かりしおりは世間がいう程都の紅葉をあなこれおかし、とおもわないようなちっとも風流でない下賤者でありて、されど10年ぶりに目の当たりにする都の秋はよいものであるなあ、都の山々が紅葉で燃えとる燃えとるなという具合に実家の背後の衣笠山が色づいているのをみて、あなこれおかし、と思うようになったのは、なにも小生がヒップスターどもがかけているようなデカメガネ(やつらがかけているのはだいたい伊達めがねである)をかけはじめてそれに色がついたからではなく、単に10年ぐらいかそれ以上ぶりに京の都の秋を目の当たりにすることになったからからである。

また別のBへの20年を越えての帰還へ(再録)

(2009年10月アップの記事) 昨年4月ブカレストで撮り散らした写真のとある一枚を眺めながら、こういう通りは日本にもあるな、という思いが去来してきた。昔の京都、特に。80年代ごろの。 当時80年代の半ばごろ、まだ当時横浜の郊外のとある団地(とはよばれずにマンションとよばれていたが)街の一棟にすんでいた小生は、母親の帰省につれられ、京都へよくきていた。いつも新幹線で京都駅の八条口につくと、そこで祖父に迎えられ、母親の実家のある京都の北区へと車で向かっていた。その時に、京都の狭い道をとりぬけながらよく見た光景が、そのブカレストの写真をみていると、突如としてフラッシュバックしてきた。

(再録)Urban Exploring in Kjóto (2010年元旦)

明日ベルリンからイスタンブール経由へ日本へ帰国する。もう一年がたつというもの。思えば昨年の今頃はフンボルト大学での大学プロテストおよびAudimax占拠に参加し、心身ともに疲弊していた中での帰国だった。 昨年2009年は波瀾万丈ともいえる一年だった。今年は一年があっという間にすぎた、それほど成果をあげたと年ともいえなくもないけれど、次にステップに進む布石はしっかりと打てた年であったといえよう。 来年はきっと飛躍の年にしたいと思っている。 以上2010年元旦の記事再録。