ダニエル・ドゥフェールによるミシェル・フーコー。

ミシェル・フーコーという思想家が鬼籍にはいって、今年で31年になる。 最近、フーコーの生前の公私におけるパートナーであったダニエル・ドゥフェールが、ドイツはdie Tageszeitung誌のインタビューに応えた。ドゥフェールのインタビュー形式の自伝が、ベルリンはメルヴェMerve Verlagからドイツ語で翻訳出版されたのに際しての行なわれたものであった。 ダニエル・ドフェールは1937年生まれの今年78歳。1926年生まれのフーコーの11歳年下である。ドゥフェール自身も社会学者であり哲学者であるが、なによりも、フーコーの死後、エイズ及びその患者の為に立ち上げたAIDESという組織の発起人としても知られている。 ドゥフェール自身によって語られる自身の政治的経歴、そしてフーコーとの公私における関係についての下りは、それだけでも興味深い。特に、フーコーがどれだけ国家権力と日頃から敵対的にあったか、という闘う思想家の一面をかいま見るに充分なエピソードも語られている。

この呪われたる「自由」の国に。

誰もが考えたくない結末だろうが、今やあらゆる可能性を思いめぐらせる必要がある状況に至ったのかもしれない。しかし、そのような危惧は実は別の意味で的外れということに気がついた。 「戦争は絶対にさけなければならない、あるいはおこしてはならない」ということを絶対的前提。なのに、「戦争がおこったときの備え」についてイの次に口するやつが背後にいるのは必ず、「戦争」という資本主義にとっての最高にスリリングなゲームが、そしてもっとも手っ取り早く甘い汁を据える方法であるがゆえだ。