ブランデンブルク・アン・デア・ハーフェル、6時間、2014年9月15日

ベルリン帰還間近、と本日はプラハから打電。 まもなく1年にわたるプラハ滞在も残すところあと一月。時の過ぎ去り方の早さに愚痴をこぼしても、瑣末なだけゆえ、これからじっくりその濃密なプラハもといチェコでの1年間について、おいおい語っていきたいと思っている。 このところは実にベルリン帰還を果たしてはいる。それこそ二週間もとい三週間に一回のペースで。 先週末も実はベルリンにいたのであるが、天気も良かったことであるので、久々にベルリンより、ポツダムを超えてさらに西にあるブランデンブルク・アン・デア・ハーフェルへ。

サッカー無縁プラハ。

世間はサッカーで盛り上がっているといわれるが、小生が住まうプラハでは全くその気配すら感じることがないまま、4年に一度のサッカーの祭典ワールドカップなるものが始まってしまった。 チェコは今回大会には予選敗退ということもあり欠場。小生の周りのチェコ人は関心すらみせない。そもそも小生の周りにはサッカーをみるチェコ人の友人がいないということもあるが。 なんで、日本人の知り合いも片手で数えるほどの小生には、日本代表に入れ籠む日本人の知り合いもおらず、これまでの人生で一番盛り上がらないワールドカップになる可能性がある。

郊外へ。ベルリン・ブリッツ。2010年6月。

小生がいつも逍遥するような、郊外の風景というのは、一見、人工的で無味乾燥としているかもしれない。 その郊外という言葉が生まれたのはいつのころなのだろうか。都市が飽和状態になり、街が外へ外へ拡大していった時代だろう。日本では、20世紀になってからだろうか。文学者でいえば、佐藤春夫であったり、国木田独歩といったり、太宰治などが、いわゆる最初の東京の郊外の文学者たちであったといえるし、彼らの作品からは東京の西の郊外は、武蔵野の乾燥した砂埃の舞う光景が容易に思い起こされる。太宰治の小説は時々、宅地化が進み始めた東京の西の郊外などが舞台である。といっても、いまとは比較の仕様がないほど、森や田畑に満ちた風景だったのだろうけれど。 21世紀初頭の我々にとっては、もはや、郊外、そして、その郊外にあるような団地とは、20世紀を代表する文化的トポスとして、様々な文学や芸術作品のインスピレーションの源となっている。郊外をテーマにした漫画も多い。とはいえ、そんな漫画と小生にとっての対象aである郊外の風景とはまた同じようで異なるのかもしれない。自分自身、いまだ、よくわからない。

Fotografie-Ausstellung der WerkStadt-FotografInnen @ Neuköllner Leuchtturm, 2013年10月5日

二つ目の展示は小生所属のWerkStadt e.V.と同じ通り、ベルリン・ノイケルンはEmserstr.にあります、Neuköllner Leuchtturmでのグループ展であります。 この展示はこのWerkStadt e.V.で写真を撮っているアーティスト並びに暗室をシェアしている4人との合同展であります。 オープニングは先ほど告知しましたWerkStadtでのグループ展の次の日の午後7時です。 場所-Emserstr.117, 12051 Berlin-Neuköllln(最寄り駅-S-Hermannstr.もしくはS&U Neukölln) 期間-2013年10月5日から10月25日まで。 オープニング-10月5日午後7時から Facebook:https://www.facebook.com/events/553001238088424/

展示のお知らせ・その1 – „Kunstproduktions-stätte“ @ WerkStadt e.V., オープニング-10月6日午後7時

プラハに引っ越しておきながら、来月の頭には小生が参加するグループ展が二件執り行われることに相成りました。なので、今日はそのアナウンスであります。 そのうちの一件は小生所属のベルリン・ノイケルンはWerkStadt.e.V.おこなれます所属アーティストたちによりますグループ展であります。そこに一枚出品することに相成りました。

郊外へ。ベルリン・ブリーツ。

先週末の土曜日ふと思いついて、小生宅のあるノイケルンから南の方へふらふらと歩いていった。 昨年の今頃は自転車でこそ、ノイケルンの南側の典型的な郊外といわれる風景に、どことないノスタルジーを覚えながら、草生した団地の間の小道を逍遥することが多かった。 多分こういう風景が最近までの日本の大都会の郊外にもあったのだな、と思う。いやまだあるのだろうが。

ポーランド領ノイケルン。

ベルリンにはポーランド人がたくさんいる。 小生が住むノイケルンは恐らくベルリンでも屈指のポーランド人街だ。 もともと隣国ということもあり、しかもベルリンから100キロも行けばポーランドということでかつてからポーランド人が多かったけれど、昨年4月からポーランド人に対しての独逸での労働制限がなくなったこともあり、この一年特に増えたような気がするのは気のせいでもなんでもない。

鳥居が団地の下。Britzer Damm, Berlin-Neukölln, 17.5.2012

ここのところあまりにも家にひきこもりすぎで、たいした遠出もしていないな、ということに気がついたとある夕方のことだった。 久々に団地逍遥でもしたかったのだけれど、小生宅から一番最寄りのベルリン四大団地の一つであるグロピウスシュタットまでは歩いていくのは面倒な距離なので、もう一度先日言及したRollbergの側を通って、テンペルホーファーフェルドの横を通り過ぎたあと、南に方角を転じ、ベルリンの環状線の線路を跨いで後、テルトウ運河まで歩いて、あとは、運河沿いをとことこ散歩していた。