あるヒップスターの帰還。

過去との遭遇 先週、自分が当ブログで3年程前に物した「ヒップスター」について書いたログを読んだという方と偶然知り合うという僥倖にあずかった。ブログに何かを書くということとは、インターネットという荒れ狂う大海にガラス瓶通信を擲つようなものだと考えているから、それはそれで名誉なことだ。

ビールを飲みに駅にいこう。プラハ・デイヴィツェ駅、2015年5月14日。

チェコの駅ナカ飲み屋は小生のチェコにおける最大のツボの一つである。 駅とは、内田百閒がかつてのたまったように、「なんにも用事はないけれど、列車に乗つてどつかへいつてこよおとおふ」というように、用事があるにしろないにしろ、列車に乗ってどこかへ旅立つ場所でもあり、かつて小生が幼きころそうであったように、列車を見にいくような場所であり、カメラとヘビーな三脚を抱え方々を飛び回る鉄男にとっては聖地も同然の場所である。 ところが、この国には、駅に「飲み」にいく、という、極東の我が祖国にはまず存在しない言い回しが存在する。そのような言い回しが存在するぐらい、この国の駅という駅には、飲み屋が、鉄道の駅のあるところ必ずといってほど存在する。

スターリンかマイケルか − 歴史の大皮肉について。

最近話題の白井聡氏の「永続敗戦論」が今回の帰国後、まず手が伸びた本だった。昨年の春出版されて以降、今に至る迄版を重ね続けている話題の書。今年の秋いまさらながら小生もこの本を手にした。 白井氏は本書の末尾に、彼がベルリンを訪れた際にブランデンブルク門横で目の当たりにした奇妙な記念碑について書いている。それは「対独戦戦勝記念碑」という。それが、なぜブランデンブルク門と戦勝記念碑(ジーゲスソイレ)の間、しかも旧西ベルリン側に建造されたのかは、未だに謎だが、その記念碑のその存在自体が大いなる皮肉ではある。つまり、俺たち(ソ連をはじめとした連合国)がきさまら非道なファシストに勝利したことを、永遠に忘れることなかれ、と。

プラハはまもなく秋。プラハ・ジジュコフ、チェコ共和国、2014年9月22日。

月曜日のプラハは朝方の気温が10度割り込んで、昼過ぎまで肌寒い時間が続いた。小生が7月から住まうことになったプラハはジジュコフの家の北側のバルコニーから中庭を見下ろせば、栗の木が段々と葉を落とし始めていることに気付く。ここ数日、栗の実が落ちる音が家の中庭で響いていた。ここ数日の落葉で、中庭が赤い絨毯を敷き詰めた様に模様替え。

肉屋の二階。プラハ・ヌスレ、チェコ共和国、2014年3月。

1年住まうこととなったプラハもといチェコという地での生活を振り返るにあたり、貴様はなぜそれほどまでにチェコという国に惹かれるのかという問いが、執拗に、小生の単細胞な脳内で繰り返されるのだが、そもそも、2009年から定期的にこの国を訪れるように至って、その答えは結局のところ、まだ見つけ出すにはいたっていない。 恐らく以前とプラハを見る小生の眼差しはそれほど変わっているとも思えないのだが、それでも、この街における小生の行動レイヤーが新たに形成されたということは、疑いがない。

プラハの飲み屋の一人で佇む親父列伝Ⅲ。プラハ・マラー・ストラナー、2014年3月25日。

プラハの飲み屋で1人で佇む親父はいつでもミステリアスである。 かなり近寄り難いオーラを発しているが、なかなか愉快な親父であることも多い。 豪快親父の武勇伝を店がカンバンになるまで語ってくれることだろう。 ちなみに、この飲み屋は、プラハではまだ大量増殖する手前にあるヒップスター占有率80%程度の店なのだが、それでもこの親父が、店内衆目の中、ヒップスターとギャルの間を大行進する様、豪快に突撃してくる様が、素晴しく痛快であった。

Bio-Oko, プラハ・ホレショビチェ、2014年2月23日

ベルリン映画祭などで滞在が思いのほか長引いて3週間の長きにおよび, プラハ帰還はついこの日曜日の正午ごろにずれ込んででしまった。 家に帰れば、マヌケチェック同居人が3週間の間まるで家の掃除をした形跡もなく、 小生の部屋のベットではあの雌犬が昼寝をしていたらしく、ベットは犬の毛まみれという大惨事。 帰宅の午後中を家の掃除に費やすはめに。

最近日本人を「飼い始めた」プラハ・ヴィノフラディの雌犬の小話。

妾は犬である。白の雌犬である。生年月日は知らぬ。 妾を「飼っている」とおめでたくも錯覚している痴れ者、ともかくも妾の書類上の「飼い主」である、チェコ人ダヴィド・Jがいうには2013年の一月ということである。 なので、妾はまだ一歳になっていないということである。 しかし、妾も間もなく一歳になる。かくして犬も年を重ねる。あなおかしである。

プラハにて犬に連れられて棒にあたる日々。

ベルリンにおりしころ、犬をつれて歩く人々を「犬に飼われる人々」と皮肉っていたことがある。 「パンク犬」という黒いシェパード犬に引っ張られるように道をゆくようなパンク達が長い間、ベルリンでは「犬に飼われる人々」の代表格であったが、最近はヒップスターやらモンスターペアレンツやそのご主人様であらせられるモンスターチルドレンを前に実に肩身が狭そうである。従って、ベルリンでもそんなパンク犬や彼ら彼女らが引きつらるパンク達を見かけることも段々と稀になりつつある。 とはいえ、プラハにおいて、当地のパンクがつれて歩くような犬は、実は小型の可愛らしい御犬様であることが多い。