ドネルケバブに関する小咄。「リベンジ」@ブラチスラヴァ(2011年12月)

ドネルケバブに関する小咄。「リベンジ」@ブラチスラヴァ(2011年12月)

また遥々来てしまったよお、ブラチスラヴァ、と一年振りのブラチスラヴァ上陸は昨年11月最終週。ベルリンを朝7時前の列車に乗れば、日はまだ地平線の下、チェコを北から南へと横切ってやってきたスロヴァキアへ列車がさしかかろうとするころには冬の短い一日も終わりにさしかかるところ。小生がはじめて降り立って14年にもなろうかとするブラチスラヴァの中央駅の、この先十年たっても変わることもなさそうな社会主義時代に建設された愛想のかけらもない駅舎を早々にあとに、トロリーバスの停留所がラッシュでごった返すその最中には日はとうの昔にトップりと暮れていた。バスに乗りようやくその日の宿にたどり着き荷物を置いて、さあ、今度こそスロヴァキア飯を食おうと町中へと繰り出す小生であったが、頭の中をよぎるのは去年の12月23日での見事なまでの泥酔ぶりでのブラチスラヴァ到着の顛末とその日の夜の出来事であった。(詳細はここより)

ドネルケバブに関する小咄。@ ブラチスラヴァ (2010年12月)

ああ、御許しください。罪深き小生はまたしても誓いを破ってしまったのです。 それは昨年の暮れ、クリスマスイブの明日に控えました12月23日のことでありました。小生は12月中旬から一週間の滞在及んだブダペストを一路後に、ドナウ川の上にかかる橋を徒歩で越えてスロヴァキアへと一年ぶりに帰還を果たしたのでありましたが、この国境の街で道に迷い、目の前で予定の列車に置いてけぼりにされるはめに。 こうして、次のブラチスラヴァ方面の列車を2時間待つことになった小生は、同様に列車を待つロマの一家と彼らの大勢の子供達に囲まれながら、駅の待ち合い場兼居酒屋で一人ビールを、これもまたお導きなのでしょう、痛飲するはめとなったのでございます。