記憶という往生際の悪さについて・・・Teplice v Čechách, Czech Republic, December 2011

人間の記憶などたかが知れている。知れているがゆえに、それを往生際悪くその消え去りかたをあらゆる算段を用いて引き止めようとする。時間の経過とともにあせていく、自分の脳裏から消え失せていくその様こそが、記憶そのものの絶対条件なのだから。僕らは、そうしたいかにしても揺るぎ難い前提に抗しながら、なんとか上から下から左から右から、なんとか引き止めようとする。 „記憶という往生際の悪さについて・・・Teplice v Čechách, Czech Republic, December 2011“ weiterlesen

プラハにて犬に連れられて棒にあたる日々。

ベルリンにおりしころ、犬をつれて歩く人々を「犬に飼われる人々」と皮肉っていたことがある。

「パンク犬」という黒いシェパード犬に引っ張られるように道をゆくようなパンク達が長い間、ベルリンでは「犬に飼われる人々」の代表格であったが、最近はヒップスターやらモンスターペアレンツやそのご主人様であらせられるモンスターチルドレンを前に実に肩身が狭そうである。従って、ベルリンでもそんなパンク犬や彼ら彼女らが引きつらるパンク達を見かけることも段々と稀になりつつある。

とはいえ、プラハにおいて、当地のパンクがつれて歩くような犬は、実は小型の可愛らしい御犬様であることが多い。 „プラハにて犬に連れられて棒にあたる日々。“ weiterlesen

ベオグラード発プラハ行き国際急行列車にて。パルドゥビチェープラハ。2013年12月9月。

半ズボン親父が出現したパルドゥビチェの場末のチェコ居酒屋を後にしたのは、月曜日も9時になろうかとするころだった。

小生たちはプラハ行きの終電に間に合うよう、足早にバスに乗り込みパルドゥビチェの中央駅へと向かう。

ホームにたつと、まもなく、プラハ行きのEuroCity国際急行列車がホームになだれ込んでくる。

そこで、小生をこの日のゼミに招待してくれた友人が食堂車に乗ろうと提案する。

プラハまで一時間。酔い覚ましの茶でもシバこうということになり、小生たちは列車の後方に位置する食堂車へ乗り込む。

すると、その食堂車の車体にはキリル文字でРесторан(レストラン)とあるではないか。 „ベオグラード発プラハ行き国際急行列車にて。パルドゥビチェープラハ。2013年12月9月。“ weiterlesen

プラハの飲み屋の一人で佇む親父列伝Ⅱ。プラハ・ホレショヴィッツェ。2013年11月8日。

プラハの北の下町はホレショヴィッツェにある小生が昨今最も愛するチェコ飲み屋でのことだ。

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前回紹介した半ズボン親父の隣には必ずといっていいほどいる親父の一人である。

タバコを燻らせ数独をひとりで繰り広げる親父のそばには手書きの伝票が。

そこにはすでに6つほどの縦線がひいてあるのみ。

これは大ジョッキ6杯飲んだという意味である。ジョッキが親父のそばに置かれるごとに、バーの親父がサクッと一本縦線をひいてゆく。

そして、勘定のときに、バーの親父がこれをみて清算する仕組みなのだ。IMAG1850a

 

と思っていたらば、親父のそばに誰かが座ったのである。友人なのか、飲み屋仲間か。ただの相席か。

それにしても、一人で待つ間に6杯は飲むのだろうか。

なんで今度こそは親父と対決、そしてまた自戒。