Anja Lechner & François Couturier-Moderato Cantabile

最近は全く自分の聞く音楽について全く書いてこなかったけれど、久々に素晴しいセッションを耳にする機会に恵まれたので、それについて今日は少し書き留めておきたい。 ECMというミュンヘンをベースにしたレーベルを小生は高校生以来ずっと追い続けている。1969年にマンフレッド・アイヒャーによって創設されたレーベルは当初からジャズを皮切りに、民族音楽から現代音楽まで、ジャンルを超えた音楽を紹介し続けている。特に1984年にスタートしたNew Seriesは創立当時から現代音楽をフィーチャーし続けている。このころまだ世界的には未明であったアルヴォ・ペルトやギヤ・カンチェリといった作曲家をいち早く紹介したのもこのレーベルだ。特に中欧や東欧、あるいは中東・コーカサスといったなかなか他のレーベルでは耳にできない作曲家の作品を重点的に世に問い続けているのもこのレーベルの特質だ。

国宝の鐘

久々に更新しておいての御題がむやみやたら唐突すぎるかもしれぬが、ご容赦あれ。 小生こと、この11月を久々に京の都で過ごしておりましたが、かつてその小生も若かりしおりは世間がいう程都の紅葉をあなこれおかし、とおもわないようなちっとも風流でない下賤者でありて、されど10年ぶりに目の当たりにする都の秋はよいものであるなあ、都の山々が紅葉で燃えとる燃えとるなという具合に実家の背後の衣笠山が色づいているのをみて、あなこれおかし、と思うようになったのは、なにも小生がヒップスターどもがかけているようなデカメガネ(やつらがかけているのはだいたい伊達めがねである)をかけはじめてそれに色がついたからではなく、単に10年ぐらいかそれ以上ぶりに京の都の秋を目の当たりにすることになったからからである。

インロウタキン的大坂

最近ふとしたことから町田康がデビューしたてのころにやっていったINUというパンクロックバンドの音源を聞くようになったのだが、彼の後のエッセーなどにみられるような、大阪的不条理とそのドツボにはまった者の呻きがその曲の中にすでに声高に聞こえる。最近これがなかなかツボになっている。