中津、大阪市北区、2016年1月7日午後

梅田の一つ手前。

京都から電車に乗って淀川を渡って最初の駅。

京都から阪急電車に乗り十三を過ぎて淀川を渡る鉄橋を渡る。目を閉じて、電車からの窓ごしに川を実際に目の当たりにしなくとも、ヘッドホーンからどれだけ高揚するような大音量の音楽に聞こえてこようと、背後に聞こえてくる阪急京都線の特急電車が鉄橋を渡るガタンゴトンの音が、これから大阪のカオスに踊り込もうとする小生をある種の興奮状態へと導く。

中津はそんな鉄橋の音が止んだ場所。いつもならば、この駅を通り過ぎるあたりで読みかけの本を閉じ、そして、車窓から次々と立ち上がってくる高層ビル街を眺めながら席を立ち降車の準備をする。

IMG_0637だが、小生が大阪に行く時にいつも乗る阪急京都線を走る電車は中津をいつも通過する。それと気がつかないうちに。梅田駅に電車はいつしか到着し、乗客たちは行き止まり線が特徴的な阪急梅田駅の駅の改札口を目指す。だから、大阪の北の入り口は誰がなんと言おうと梅田なのだ。少なくとも、淀川の北岸に住む人々や小生のように京都から大阪を冷やかしに訪れる人たちにとっては。

ある日、中津駅のホームに立ってみたくなった。

IMG_0630京都からやってきて淀川を渡る前の最後の駅である十三で下車し、阪急宝塚線あるいは神戸線の各駅停車に乗り換える。中津という場所は阪急電車に乗って京都からやってくる多くの人にとっては存在しない場所だ。それは次の二つの意味において。

まず京都からやってくる電車が止まらない。そして、止まらないからいつも通り過ぎるだけ。ただそれだけの理由で。

中津駅の非常に狭いホームの上に降り立って、終点である梅田方面へと走る電車の行先を眺める。梅田方面ゆきのホームには人の気配すらない。中津駅の下は東海道線と大阪環状線を結ぶ連絡線になっている。その向こうはかつては巨大なコンテナヤードが立っていたただ広い空き地が広がっていた。大阪という都市に口をあけた広大な空虚。梅田という大阪はキタを代表する雑踏を背景にそれは広がる。だから、中津は大阪のキタの文字通り背中のような、つまり、手を伸ばせば触るぐらいの近さにありながら見えない、というような場所だ。

現況   今日でもこの大阪駅から見てコンテナヤードの彼岸にあたる側に行くおりは、この貨物駅の下を掘られた地下道を延々と歩かなくてはならない。貨物駅が廃止されて、確か、すでに2年に近い年月がながれた。

その連絡線を京都と関西空港を結ぶ特急列車が空き地の両脇に立つ高層ビルの間を這うように通り抜ける。

だから、小生と中津との関わりは実は深い。

京都から阪急で梅田に向かう道すがら、そして、関西空港へ向かいそこよりベルリンへ飛ぶ途、あるいはベルリンから京都への帰途、常々通り過ぎてきた。13年間の間、毎年このルートを通りながら、この地区の変化はつぶさに見ていたことになる。

中津のホームから改札口を出て、大阪を南北に結ぶこの連絡線沿いを歩くと、何層にも時代を経て重ねられてきた大阪という都市の層が露わになっているかのような場所であることがわかる。

IMG_0645 IMG_0647 IMG_0652長らくこのコンテナヤードは再開発の対象になっていたが、小生が今回訪れた頃には解体がすでに終了していてついに更地になっていた。解体せず保存して文化施設、あるいはショッピングビルなどにして都市開発をするなどいう案が出てきては消えてしまい、結局ここは緑地化されるということになったようだ。大阪は緑が極端に少ない。実現すればそれはそれで興味深い光景が広がることだろう。

と言って、この巨大な長い間手付かずの場所のまわりに、とくに目を引くようなものはない。そういった場所にあるだろうような、見捨てられた工場や廃屋などはこの線路沿いからはもうすでに姿を消してしまっている。そうしたものを期待してこの場所にやってきても、ただ期待を裏切られるだけだろう。

IMG_0684この空き地はそうした都市の隙間であり続けるのだろうか。そして、この線路もやがては2022年度をめどに地下へ潜るという。加えて、地下鉄の四ツ橋線を延長して、大阪の南北をつなぐ路線が建造する計画があるという。完成するのかはいつの話であるかは別として。

ただ今は、まだ空き地で。

今は、かつてのコンテナヤード跡の空き地には他のどこの大都市とも変わらない建築物がその空白を埋めるのか、それとも利権屋たちが言うように、本当に緑地かされるのか、その結末を待つだけの場所だ。恐らく、やがては、醜い建造物の塊がその空虚な場所を占めるのを見る日がくるのだろう。梅田周辺がJR大阪駅を周辺にいかに再開発の結果様相を変わらせても、梅田駅あるいは大阪駅周辺のうんざりするぐらいの人の雑踏からほんの15分離れてた場所には、今でも、しかも長き渡って、このような空っぽな風景が広がっている。

だが、そろそろ21世紀にふさわしい都市のあり方とは一体なんだろうと思う。緑地化するという案もあると聞く。例えば、ただ公園にするだけでなく、その一部のスペースを使い、例えば、地下化が完了した後の線路跡を自転車専用道路にして、淀川の北側と南側、つまりは新大阪と梅田の間を、信号なしで接続するというのはどうだろう。そこから、淀川の河川敷のスペースを有効活用して、それを軸に周辺に自転車道路を整備する。そして、京都まで続く自転車高速道路という構想もあり得る。

IMG_0677また、旧貨物駅跡の膨大な土地の一区画にだけでも大規模な駐輪場を作れるだろう。そこから、地下鉄や電車に乗って市内の仕事場行くのもよし。それに、自転車道を整備するぐらいの余裕は阪神高速の下だったり、町中を投げれる川の側にいくらでも自転車が行き交うのに足りるスペースはあるだろう。だいたい、大阪は街がほとんど平らなのに自転車を乗るのに全く優しくない街であるという声はよく耳にする。街を変える起爆剤としてのチャリ通を盛り上げることはインフラ整備を含めても、ローコストハイリターンでありうるだろう。それは大阪という街に人を呼び戻す切っ掛けとなるかもしれない。それは大阪という都市にとって最大の魅力の一つとなるだろう。多分、利権屋たちの邪な欲に満ちた、多くの人々に取って、およそ関わりのない退屈で近視眼的な未来絵図がこの空き地の運命を決められるのだろう、という諦念はある。だが、言うまでもなく、大阪に限らず、多くの街や場所の凋落と人離れの原因になったのはそうしたマスタープランのなさであることは言うまでもない。

無論、ベルリンに住む小生にとっては、それが覆されるような日常の力を知っている。それを常々間近で見てきた。小生には、中津という場所が都市の「襞」の場所、いや、それ以上の場所であるかのように見える所以なのだ。大阪でも何かを起こる気配を次こそは目の当たりにしたい。

ではまた持戒。

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