チャリ通たちの蜂起

月に一度に「発生」する自転車の大軍

クリティカル・マスという言葉を初めて耳にしたのは昨年ぐらいのことだった。カリフォルニア出身の女友達が、ベルリンでもここ数年クリティカル・マスという名の自転車デモが「起こる」とようになってきて、数千人サイクリストがベルリンの街中を行く様は壮観だった、と興奮気味に語っていたのが、初めてだったと記憶している。

ベルリンでも6月になるとSternfahrtというイベントが行われて、自転車でも高速道路を走れるというので、非常に多くの参加者を集める。終着点のブランデンブルク門前では環境フェスティヴァルが行われ、今年は来週末の6月5日に行われるそうだ。毎年恒例のイベントで小生も何度なく参加している。

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2013年6月のSternfahrt。あいにく雨だったが参加者はやはり多かった。

何度となくその友達にクリティカル・マスに誘われていたが、プラハから帰還以降修理要であった自転車の修繕を怠っていた小生は、結局一度も誘いに応じられず、結局彼女は去年の夏にアメリカ大陸に帰還してしまった。

クリティカル・マスは90年代にサンフランシスコで始まったイベントで(そのアメリカ人の友人も当地出身だった)、自動車に占拠されてしまった公道を自転車で走ることの権利を世間に訴えるために始まり、瞬く間に世界中に広まったと言う。自転車の環境に対するイメージの良さも相まって、現在では多くの国で日常的に行われるようになった。ベルリンでもすでに1997年の9月の最終金曜日に最初のクリティカル・マスが行われたという。

しかし、ベルリンでもここまで人を集めるイベントに成長したのはここ数年のことではなかろうか。特に、Facebookなどのソーシャルメディアが普及するようになってか らのことだろう。クリティカル・マスは自ずから「起こる」ような脱中心的なイベントであるとされている。だから、まさにそうしたソーシャルメディア・ネットワーク全盛の時代の出来事であると言える。

クリティカル・マス、小生初参加

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今回のルートコース。約40㎞の道のり。Quelle: https://www.facebook.com/Critical-Mass-Berlin-74806304846/

Facebookでアナウンスされていた午後8時ごろの集合時間に間に合うようクロイツベルク方面へ向かうべき、ノイケルンの自宅を出ると、ヘルマン広場近辺で車道を走る自転車群れと遭遇する。信号で停止しているサイクリストの一人に、これからクリティカル・マスに参加するのか、と尋ねると、そう、一緒に行こうぜ!という。こうして信号待ちの群れに加わると、赤信号で待つ間にも何人かが同様にその列に加わる。クロイツベルクへ向かう途上、その列に加わるサイクリストは一人二人と増え、そのうちに集合場所のハインリッヒ広場に到着する。道の路肩はこの時点で出発を待つサイクリストでごった返していた。暫くして午後8時を回ると、ハインリッヒ広場の北側にあるマリアンネン広場の方に向かって人が動き出し、瞬く間に道はサイクリストの群れで埋めつくされた。

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ハインリヒ広場からクリスティネン通りに入ったところでのクリティカル・マス参加者群。

暫くして、徐々に列は動き出し、最初クロイツベルクのコトブス門に至るまでの間は、自転車の群れに苛立つ人々と参加者の間で口論がいくつも見られた。残念ながら、クロイツベルクやノイケルンに日常的に見られる光景で、交通ルールや自転車に対して注意を払わない住民はこの地域には非常に多い。参加者はそれに対しては、一斉に自転車のベルで応える。いうまでもなく、公道は自動車だけのものではないからだ。無論、このクリティカル・マスの目指すところは、自転車で走ることは環境に優しい健康に良いなどの利点だけでなく、それ以上に自分で走ることの楽しみがある、ということを車のドライバーたちに訴えかけることに他ならないだろう。

コトブス門から地下鉄の一号線沿いの高架下のスカリッツ通りへと列が動き出すと、皆が一斉にスピードを上げる。普段は交通量の多い通りで、自転車用のレーンもないので、気をつけて走行しなければならない場所だ。だが、今日は多くの自転車が二車線いっぱいに広がって快適にスピードを上げて走行する。素晴らしき出だし。途中ハレ門付近で信号待ちがあり、振り返ると後ろは自転車の海。その終わりが見えないほど。

多くの参加者はグループで走っていた。皆でお喋りをしながら夜のツーリングを楽しむ人たちも多いし、一人あるいは二人で走っている人もやはり多い印象があった。その中にはいかにも仕事帰りという背広を着た人たちも混じっている。路肩からは集団に対して手を振る人たちや参加したさそうににこやかに立ち止まって見ている人たちがほとんどだ。時々、自転車の集団に車で乱入しようとする中二病にかかったら不届き者もいるが、皆慣れているのか、特に気にせず、群れは暫くすると動き出す。

Critical Mass Berlin, Jakob-Kaiser Platz, Berlin-Charlottenburg from Lügenlernen on Vimeo.

結局、40キロ程ベルリン中を東西に4時間程かけて縦断し、出発地点のクロイツベルクに戻ってきたが、みんな元気なこと。ロータリーのあるエルンスト・ロイター広場や戦勝記念日が立つGroßer Sternなどでは、参加者が何周もしてロータリーを埋め尽くす。その間はずっと自動車はロータリーの入り口で待たねばならない。それを見ているドライバーの中には、次回は是非おいどんも、あたいも、と思う向きもあるだろう。

13301451_10154185192469847_2873342219330812167_o途中で抜ける人もちらほらいたが、途中で加わった人も多そうで、ポツダム広場に差し掛かる頃には、上の写真にある通り、自転車の列は3キロ程までに延びたようだ。参加者の中には、大型のパーティー用のスピーカーを乗せて、爆音でテクノをかけたりして、気分はただのパーティー以上である。終盤、地下鉄の一号線の高架の下ではテクノが鳴り響き、終着点も近いというのにみんな意気揚々である。

Critical Mass Berlin around Midnight in Berlin-Kreuzberg. 27.5.2016 from Lügenlernen on Vimeo.

出発地点のマリアンネン広場で最後の締めのBike upを。何度も皆で自転車をもちあげる光景を映像や写真を通して見ていたが、初めてこれに加わることができた。

これを自ずから起ち上がる「祭」と言わずになんというのだろう。実際、英語ではこのクリティカル・マスは「起こる」(cause)という表現を使っているほどだ。

小生不覚にもベルリン在住14年にして初めての参加であったが、普段は金曜日の夕方はサッカーチームのトレーニングがあるためなかなか参加できずにいた。今後は、練習を投げ出しても参加することは確実。今から来月末の第四金曜日の晩を楽しみにすることにする。ベルリン在住の皆さんも次回は是非一緒に走りましょう。

日本のクリティカル・マス発祥の地は京都だったそう

ところで、自転車の群れの中で、何度も斯様なポリティカル、かつ祭にも等しいイベントが小生の故郷である京都であれば良いのに、と思ったことか。京都も日本でも屈指の自転車の街だ。極東の我が祖国でも、年々市内交通の中での自転車に対する認識や日常的な交通手段ステータスの高まりは感じるところである、しかし、それでも、日本人の現行のメンタリティーや社会的仕組みから言っても、ベルリンで発生するようなクリティカル・マスの実現は今のところは難しかろうと、この金曜日の晩も度々思った。

しかし、京都は日本でのクリティカル・マス発祥の地だということだ。1997年8月に京都市内で学生二人が歩道ではなく、車道を二人で走り始めた、というのがその端緒であるという。今では東京、横浜、大阪でも毎月のようにクリティカル・マスが行われているという。東京でもこの金曜日にクリティカル・マスが行われたとのことだ。このページを見ている限り最もあまり活動している様子がないが、定期的に行われてはいるようだ。

ベルリンも京都もチャリ通の街だが・・・

その当時の小生を自転車で京都市内を年中馳け廻る生活をしていたことにおいては、普通の都の高校生ではあった。京都では老若男女を問わず、最も生活に欠かせない交通手段であることは今も変わりなく、京都市内ならばどこへ向かうのにも、自転車でというのは今も昔もごく普通のことである。それでも、クリティカル・マスを始めた学生たちのような問題意識は皆無であったことは告白しておかねばならない。時々中心部で行われる自転車の集中撤去を煩わしく思うぐらいにしか不満はなかった。

その意味では、すでに90年代に二人でクリティカル・マスを始めた学生がいたことは何ら不思議ではない。京都では、それぐらい生活に自転車が根付いているし、ドイツから京都を訪れた友人たちの何人かは、自転車が日々の生活にこれほど根付いているのは素晴らしいこと、と驚いていたこともあった。小生も実家に帰っても、京都市内で一人で移動する際、実家の車に乗ることもここ7、8年以上皆無で、運転免許書は事実上の身分証状態である。

冬でも、ベルリンに比べればそれほど寒さが厳しくない多い京都では、雪さえ降らなければ(小生がよく帰省する一月は雪が積もるぐらい降ることもしばしば)、外出はほぼ自転車でする。京都は街がコンパクトであるので、旧洛中に住んでいるのであれば、終電の心配をしなくて良いし、自転車であれば30分もゆっくり漕げばもう自宅だ。ただ南北が坂になっている京都では、特に飲んだ後の帰り道には一苦労であることもしばしば。なので、深夜以降も店を開けているラーメン屋なので締めを食べたりして、アルコールを十分を抜いてからゆっくり帰るように心掛けている。

ベルリンは昨今自転車に日常的に乗る人たちは飛躍的に増えた。けれど、自転車を乗るためのインフラや公道での安全度というとまだまだだ。最近、ノイケルンの海賊党所属の区議会議員が自転車走行中、タクシーに危険な追い越しにあい、そのドライバーに抗議したところ、その後の走行中もずっと嫌がらせを受け、果ては救急車で病院に運ばれるまで暴行を受けた、という話をマスコミが取り上げていた。

それとは無関係だが、最近ベルリンでは新たに自転車と環境に優しいベルリンを目指し新たな交通政策と都市計画を求める住民投票を目指した署名活動が始まっている。クリティカル・マスの会場でも署名用紙を持った運動員が参加者の署名を募っていた。

160404-sticker-90x90mm 小生在住のノイケルンやその近隣のクロイツベルクに限らず、公道は車だけのものと誤認している人々は、ドイツでも日本でも依然として多い。何よりも交通法規を無視し続ける車のドライバーがベルリンでは非常に多いこともあり、そうした連中に対してもっと啓蒙が必要なほどだ。その一方で、イヤーフォンやヘッドフォンをしながら自転車に乗る連中もよく見かける。それは論外であるだけでなく、未熟なドライバーの存在もありただただ危険だ。

だから、小生的には京都の方がまだ快適に自転車が乗れる環境はあると思っているぐらいだ。最も、京都を含めた日本では、逆に、どちらかというと自転車を置く場所に問題が多いと考えている。

結論

自転車に乗るのはやっぱり素晴らしい。モヤモヤがある時も気分は実に爽快に成る。特に夏の夜風に吹かれているのは気持ち良い。よく高校生や大学生の頃、寝苦しい夏の盛りの夜半以降に、夜風を浴びるためによく自転車に乗って街中を走ることは多かった。日本では、その時間でないと道の只中を堂々と走ることもままならない。小一時間も走るとだんだん疲れがきて家に帰れば、暑さも気にせずに寝れるというわけだった。

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クリティカル・マスからの帰りの夜風もやはり非常に心地よかった。帰宅したのは午前の1時半を回っていたが、小生と同じ方向へ、あるいは小生と行き交う自転車はそんな時間でも多かった。

なんでみんなで自転車に乗ろう。まずはチャリ通から。ではまた持戒。

 

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