肉屋の二階。プラハ・ヌスレ、チェコ共和国、2014年3月。

1年住まうこととなったプラハもといチェコという地での生活を振り返るにあたり、貴様はなぜそれほどまでにチェコという国に惹かれるのかという問いが、執拗に、小生の単細胞な脳内で繰り返されるのだが、そもそも、2009年から定期的にこの国を訪れるように至って、その答えは結局のところ、まだ見つけ出すにはいたっていない。

恐らく以前とプラハを見る小生の眼差しはそれほど変わっているとも思えないのだが、それでも、この街における小生の行動レイヤーが新たに形成されたということは、疑いがない。

要するに、そうした、小生のチェコフェチなるものを定義するものは、常に遷移の状態にある。そもそも、小生の団地マニアぶりとそれを写真というメディアを通して記録するという行為はこのプラハで始めたものだ。そうした小生の団地冒険と、そのルーツ、それは一方で自らのルーツへの探求心と、他方で、現在の小生のこの世界を見る眼差し、というよりも、小生がある種のアンテナとして受信した世界のありのままの姿の一端、そうしたものとして、事後的に形成されたのが、そうした郊外の集合住宅地を僕らが生まれ育った二十世紀の最後の20年の一部を過ごした場所として見る眼差しであるといってもよい。

それは特にプラハという街に赴くことになったことで生じたというわけでもないし、それはベルリンにいるとき以前、東京での4年間にわたる学生生活の中にすでにその兆しがあった、ということは感づいていたことである。

結局のところ、小生ができるのは、そうした小生が現実界にとりつくべき島であるような「対象a」(もちろんラカン的な意味で)なるものを羅列していくほかはいまのところないのだろうとは思っている。

とりあえず、初回は小生がプラハにいるうちに目の当たりにせざるを得なかったものについて語ることになる。

それは肉屋である。そう肉屋である。英語でいうブッチャーbutcherである。

Vinohrady-Zizkov-Nusle.13.April.2014_0004
小生のトラムの停留所前のデカデカ「肉屋」と誇る様が完璧である。飢える心配なし。Uzenářstvíとはそれこそ「肉屋」という意味である。

小生こと、最近は肉食の習慣が衰えているこのごろである。

欧州の地に10年住めば、ことあるごとに日本食は健康的だヘルシーだ、などという多少脚色されたような評価によく接することになるのだが、菜食主義者の方々がこれほど住むに窮する国はないと申し上げるしかない。それは僕ら自身がしっている。三食で動物性の食べ物が出ないことなど殆どないからである。もちろん、菜食主義であることにこだわることは、自ら食の管理をする、ということであることはいうまでもない。その点で、我が祖国は菜食主義を貫く、には良い環境でありうる、ということは申し上げるにはばかることはない。

極東の我が祖国で一時期流行したらしき言葉に「草食系男子」なる言葉があるらしいが、そんな草食生活を本格的に始めたのが、昨年の夏ごろだったとすれば、それは「肉食」熱烈万歳なる国チェコ共和国においては、異端と火あぶりはひどいまでも、ビール浴びの刑になりかねない重大な案件である。なので、小生はやたらめたらビールを飲む生活にはいったのは、冗談でもなんでもない。ビールが独逸同様「液体パン」と呼ばれるのは、この国も同じことで、なによりもこの国はプラハのいたることにある小粋なカフェでさえも、コーヒーよりもビールのほうが格段に安い現実からすれば、納得の結末なのである。

とはいえ、肉食をひかえている小生においては、それが故、肉屋が目にはいって仕方がないのである。

Vinohrady-Zizkov-Nusle.13.April.2014
いわゆるかしわ屋である。京都弁をしらなければ「鶏肉屋」であります。小生のマヌケチェック同居人が「ご主人様」である雌犬の白い犬「Biba」嬢のために鶏肉を買いにいく店である。

Vinohrady-Zizkov-Nusle.13.April.2014_0008

それも小生の昨今の肉食恐怖症によるところにもある。されど、肉食中心のこの国では、肉屋なしでは到底日々の生活もままならぬのである。

なので、この国では、犬もあるけば肉屋にあたるのである。そんな御犬様が、かつての東ベルリンほどとはいえずとも、我が物顔に、飼い主、もとい御犬様に飼われた通称犬の「飼い主」を引き連れて、往来を闊歩する様などは、強調するに取るに足らぬプラハはもといチェコの日常である。そんな日常、犬に飼われる「飼い主」をそばに、肉を買ってもうたれ、と駄々を捏ねる様など、そこここにある肉屋の前で繰り広げられる光景である。(その御犬様のストーリはここから。)

かつてこのLügenlernenで時に話題になったマヌケチェック同居人などこうした犬に飼われる「飼い主」の1人であるといってよい。そんなマヌケチェックが、自分の三度の飯よりも、自らの御犬様の三食を供するにあたり、肉屋に通う様は滑稽を通り越して、同情の余地ありといえる様であった。犬は愛すべき動物なれど、飼われるのは、御免被る、と常に大言壮語してはばからぬところである。

その中で、そうしたプラハ中もといチェコ中、どこにでも見受けることのできる肉屋の上、二階に住まうことのできることのできる御犬様は、まさに生涯安泰であるといえる。

Vinohrady-Zizkov-Nusle.13.April.2014_0015
Uzeninyというのは「燻製屋」という意味である。Jídelnaというは小食堂とも言える場所で、肉屋の併設されていることが多い。日替わりメニューは量も多く、値段も安い。典型的なチェコ料理が食せる。

いつだったか、タモリが、風呂屋の二階で蕎麦屋、蕎麦屋、と吟じたのもそうは遠くない過去のことであるが。小生は甘党の蕎麦党ゆえ、やはり日本でいう風呂屋の二階で蕎麦を食う生活のほうが魅力的にうつるのはいうまでもない。

なので小生はいつか風呂屋の二階とはいわずとも、風呂屋か蕎麦屋の側にすむことを夢見るものである。

いっそうのこと都は西陣あたりに帰還するのが、ベストとも思えなくもない。いうまでもそうした人生にとってはうってつけの界隈なのである。そんな世界にひきこもるかな、と最近おもわなくもないが、名誉ある撤退はまだ時期尚早といっておこう。

なので、Lügenlernenでは、当面、彼の様な香ばしきボヘミアの地についてをお届けすることに致します。

ではまた自戒。