最強のビール注ぎ職人はポニー。ブルノ、チェコ共和国、2014年4月12日。

この4週間で三回目の訪問となったモラヴィアの首都はブルノでのことであった。(その一回目のストーリーはここから、英語)

そこにいたこれまで小生が見て来た中で最強のビール注ぎ職人の話である。

あほーい、今おいどんはブルノじゃけんど、ちょっくらモラビアくんだりまでこやしまへんか、とその前日の金曜日の深夜前に小生のダチより連絡が。

なんで、土曜日の午前中に、ブルノへいくだ、と手帳と読みかけの本を一冊とカメラだけをもって近所のパン屋に出かけるような格好で、プラハの中央駅に向かったのであった。

昨今プラハでのビールとチェコギャルにうつつをぬかすのみという不届きな旗本退屈男的生活に終止符をうち、毎日のように、博士論文のリサーチを重ねるために、図書館とアーカイブ通いを続ける小生にとっては、息抜きとなる週末の冒険を求めたのははや必然のこと。

ブルノまでは、二時間半程の旅路。ぶっちゃけ、新幹線で京都ー東京ほどの所要時間であるが、距離的には、300キロほどである。と、ブルノにつけば、まだ午前中である。

久々にあうその友人と待ち合わせて、コーヒーを飲んで、暫く散歩し、またカフェに入りコーヒーを飲み、それを繰り返すうちに感じで時間を費やせば、はや、時計の針は夕方は6時をまわっている。

なので、それ以降の予定が、ブルノのパブツアーという風にアレンジされていたのは、チェコという国にすんでいる以上は当然のことであった。

その晩ブルノ二軒目に入ったその飲み屋でのことだった。

店に入るとバーカウンターの前には長蛇の列。

その先にいたビール注ぐ親父はポニーテール。

が、その親父の白髪だけになったポニーテールには、ビールの匂いだけでなく、その親父そのもののの気合いと誇りがまじっていた。

ビール以外に俺の前で注文するんじゃねえ。俺の注ぐビールは世界一なんじゃ、われ、と。

その親父は、待っている間に、片手でビールを注ぎながら、片手ではビールを飲む、という離れ業をみせる。

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小生の番は意外と早くきた。その親父の前にたつと、なにもいわれるまでもなく大ジョッキがドン!と置かれた。

26コルナだ、兄ちゃん。

小生は、だまって30コルナを渡して、そのジョッキを片手にその夕べの続きが続いていったのであった。

ところで、その日は後日談がある。

お気楽な旗本退屈小生は、その後、何軒で杯を重ねたことに、気がつけばプラハ行きの最終の列車はとっくの昔に出発した後。

しょーがないのー、とじゃあー、今日はおれんとことまってけばええやんけー、明日は日曜日じゃろが、われー、とブルノの友人宅に一泊することになりかけたが、それでも、日曜日の午後、そういえば、誰かと待ち合わせしていたのを思い出す。

やっぱかえらんといかんか、いや、午前中早いうちのプラハ行きの列車でかえるか、それもまたよし、と思っていたら、小生らの会話を立ち聞きしていたとおぼしきチェコ姉貴が、えー、兄ちゃん、深夜1時半頃のベルリン行きの夜行列車、座席車があるので、それでプラハ帰れるよー、と教えてもらったのは、そのポニー親父の店でもう一杯ビールをと立ち寄ったとき。

朝起きたらベルリン中央駅だったり・・・、となかなか笑えないことも想像する。

ところが、もう一杯ビールをと、その親父を探すも、その姿形はすでになく、カウンターでビールのサーバーを拭く親父の小僧とおぼしき、しかもマヌケそうないつまでたってもビールを注がしてもらえなさそうなチェコ兄貴は、とっくにカンバンだぎゃ、とっととかえるだぎゃ、とつれない。

ところが、小生の友人は、その小生を尻目に、へー、ほんならあと三十分ほどでその列車くるんじゃけん、プラハかえれんけー、よかったい、勝手に、じゃあ今晩はお開きなどといって、一人でつれなく帰宅の途についてしまう。

なんで、小生は1人で孤独にブルノ中央駅のホームに1人で立つハメ、となるかとおもいきや、小生のような、お気楽退屈プラハ旗本が20人程、アルコールでフラフラになった頭をゆらしながら、ホームに思い思いに立っている。

IMAG0150ぼんやりホームに立っているうちに長編成のベルリン行きの夜行列車がホームに流れ込んでくる。座席車は編成の後ろのほう、そちらへ向かい、みなヨタヨタと歩くのか走るのかわからぬような動き方をする。

ゾンビが集団で、と形容してもおかしくない様である。

と、小生もそんなゾンビ集団の中にまぎれこんだキョンシーのような存在であったか。

なので、乗り込んで、誰もいない空いているコンパートメントに席を見つければ、瞬く間に残り先ほど見かけたゾンビ集団の一員が、入り込んできて、三人ともそのままお休み、ともいわずに眠り込む。

と、暫くして目覚めれば、もうすでに良く見慣れたプラハの手前の街の駅のホームをガタゴト通過するところであった。

こうして東の空も白ばまぬ早朝のプラハ中央駅に到着。3時間ほどの惰眠をむさぼった頭で、そのまま、早朝営業の駅の立ち飲みのカフェでコーヒーを頼む。

文句もいわずにカウンターでテキパキと働くお姉ちゃんに、今何時?と聞いたのは、と腕時計のみならず、もはや携帯電話すらもここ二週間ほど持たなくなったが故の愚問であった。

が、お姉ちゃんは、レジの時計上の時計を指差して、そんなゾンビかキョンシーの成れの果てとおぼつかぬ小生に対して、4時半やで!と相手にもしてくれない。

なので、コーヒーをグイと胃の中流し込んだ小生は、小雨の降る朝のプラハをそそくさと家路について、自宅のベットの中で、その晩二度目の惰眠をむさぼることになったのであった。

お粗末様で御座いました。

ではまた自戒。