Berlinale 2014-総括 (上)

プラハでは一昨日からドキュメンタリー映画祭One Worldが開催されている。今回はアクレディテーションをとったので、これから来週火曜までの期間、また映画漬けになれる幸運。

ふとおもったのが、ベルリン映画祭からもうすでに3週間がたちつつあるな、ということ。時にはアウトプットも必要ということで。今後、映画館で公開される映画も何本かあるだろうし、その中には皆様にも見てほしい映画もあるので、総括しときます。

以下今年もみた映画12本(だったはず)を二回に分けて総括。意外ともう見た作品のことを忘れているのでこれは難航しそう。

今年は特にドキュメンタリー映画が大半をしめた。逆にいうと劇映画に面白そうな作品がなかったともいうが、まあ、見逃した作品の中で、見るべき価値のあるものは、その後の一般劇場で公開されるのを待つということで。

今回の映画祭ではラース・フォン・トリアーのニンフォマニアックNymphomaniacが映画祭の前から話題になっていたけれど、小生はすでに一月半ばにプラハで検閲済みのものをみていたので、ベルリナーレではスルー。ともあれ、個人的にはトリアーらしいアイロニーの激落さもあまり感じななかった。過激な性的描写ばかりがスキャンダラスな話題として取り上げられていたけど、少なくとも検閲済みのものをみただけでは、特にあまり過激とはおもわなかった。ベルリナーレでは検閲なしのものが上映されたというけれど、まあ、特に関心はわかず。

それでも、その第一部を見終わった際には、Nymphomaniac、つまり色情狂の女性が世の中には多数いて、実は自分の身近にも、というような些末な妄想なるものが、どっと押し寄せて来て、頭の中ではかなり動揺してしまった。そうした男の貧困なる想像力を揺さぶるというものが、トリアーの意図かどうかはわからないけれど、小生はその点、みなければよかったと思ったほどだった。

それでも、数日後には第二部を見にまた映画館に足を運んだのだけれど、実際は映画館で寝てしまった。なので、あまり内容に関してはいうべきものがない。しかも、唐突な結末で映画は幕を閉じたので、小生は上映中居眠っていたにもかからず、怒り心頭で家路についたほどだったが、暫くして、帰りの地下鉄の中で、その結末を思い出したときには、あまりにもバカバカしくて笑いがこみ上げて来たほどだった。

けれども、日本で公開するとなるとカットあるいはモザイクばかりになるのは間違いないな、と思わなくもなかったけれど。安いポルノをみているような感じだったが、それもトリアーの意図ではあったろう。まあ、見たい人はみとけばいいと思います。

それより、キングダムや三部作を初めとした初期の傑作をみてない人はそれをまずみておきましょう。

以下、意外と見た映画を覚えていないので難航する総括。

2月7日:
The dog:アルパチーノ主演の「狼たちの午後(The dog day afternoon)」は実話に基づいている。そのアルパチーノが演じた主人公のモデルとなった人物を追うドキュメンタリー。その主人公が犯行に及んだ顛末が実はその主人公のパートナーの性転換手術の資金捻出だったということが明らかにされ、その背景となった70年代のアメリカの同性愛社会についても多くが語られることになる。http://www.seedandspark.com/studio/dog

2月8日:
この日はなにをみたか、それともみてないのか、全く思い出せない。

2月9日:
Viharsarok(Land of Storms) :ハンガリー映画。ハンガリーからサッカー選手になる夢を持ってドイツへ赴くも挫折のした主人公は祖父の残したハンガリーの片田舎にある家屋へ帰還する。そこで主人公の秘密が語られる。最近、ハンガリーでも問題になりつつある社会的な同性愛に対する寛容さが問われるテーマであるが、その手の同性愛者たちの三角関係というストーリー特有の独特の情念に溢れている映画か。カメラワークも秀逸。監督のAdam Csasziとのインタヴュー記事(ドイツ語)によれば実話に基づくストーリという。

2月10日:
Historia del miedo(History of Fear):アルゼンチン映画。ミハエル・ハーネケもかくやのごとく、アルゼンチンという社会に偏在する社会的ヒエラルキーもさることながら、それが「不気味なもの」としてが日常に憑依回帰する様を描く。

Another World:2011年にニューヨークのウォールストリートで始まったOccupy New Yorkに関わった人々の個人的なポートレートとその後について。多少その過程が多少どころかかなり美化され続けているのが、小生には気になった。政治に関わる事はもっとダークなことであるとは個人的には思う。名前が予告するほど政治的な内容の映画でもないし、デモクラシーということに踏み込んだわけでもなし。穿った見方をすれば、それが挫折して、コミュニティ的生活に引きこもる過程のプロトタイプを示す過ぎないともいえるが、Occupyから始まったそうではない政治への取り組みの仕方に関して一定のアプローチを見せたということにおいては見るべきものはあるかと。まあ、政治とか「Another world」とか他なる「大きな物語」を求めても、結局は現実に頓挫するばかり、というニヒリズムをもってこの映画を評価するのは正当ではない、とは思うけれど・・・。

2月11日:
Finding Vivian Maier:ここ数年で再発見された写真家ヴィヴィアン・マイアーについてのその発見と受容の過程についてドキュメンタリー映画。
http://www.vivianmaier.com/film-finding-vivian-maier/

2月12日;
なぜか日帰りでハンブルクにいってしまいなにも見ず。

2月13日:
Felice chi è diverso(Happy to Be Different)
イタリアの著名人の中にも同性愛者は大勢いる。そうした人々とのインタヴュー。個人的にはパゾリーニの映画の常連であったアンジェロことニネト・ダヴォッリが非常にハスキーな声になって出演したいたのがツボであった。

Huba:Parasite
またしてもポーランドからポーランドの日常である通称ポルスカ・ディプレシアを極めて抽象的な画も交えて描くドキュメンタリー映画が。昨年のベルリナーレで公開された究極のポルスカ・ディプレシア映画シェニャフカSieniawka(詳細は次のリンクより)に続く傑作。こういう映画を一年に一回みておかないと、ベルリナーレを迎えた気がしない・・・。
http://hubafilm.com/site/

Huba (Parasite) – a film by Anka and Wilhelm Sasnal – 2013 – Official trailer (HD) from HUBA on Vimeo.

監督のインタヴューはここから(ドイツ語)

なんかしらんが、同性愛関係のドキュメンタリー映画ばかりみていたようである。

後半へ続く。また自戒。