偉そうな犬に親父と。プラハ、2013年9月末。

プラハにきて一週間がたって、今住んでいるヴィノフラディでも、ようやく住んでいるという感覚が伴ってきた。ここは実に生活感溢れる場所で、プラハの中心部とも隔絶されているがゆえ、ここまでは旧市街やプラハ城周辺を賑わす観光客はさすがにここまではやってこず、日も傾く夕方となると、人通りも絶え、物音すら聞こえなくなる。

ここ三年程居を構えていたベルリンはノイケルンという場所が、いかにカオスで、けれど、様々な音に満ちていたかが分かる。あれは多分世界の縮図のようなところで、あれはベルリンをベルリン足らしめているというばかりというほかない。

そんなノイケルンの喧噪もやはり、ノイケルンを離れてわずか一週間で恋しくてたまらない。とはいえ、プラハでの生活はまだ一週間がたったばかりである。

あと3日程でノイケルンの喧噪とカオスの中へのつかの間の帰還となるのだが。それもまたよし。プラハでの生活はまた始まったばかりで、まだなにも見てやしない、聞いてもいないのだ。その事実がこの街へと小生をまだまだ引き止めることになるのだろう。

ところで、家の最寄りのメトロの駅へ行く途中に小さな広場があるのだが、その広場に面している家の地上階をとおりかかると、いつも犬が大きな顔を通りに突き出している。

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プラハ・ヴィノフラディ、2013年9月26日。

おい、お前、俺を無視していくなんてとんでもねえぞ、と。そんなデカい面をしている。こんな面を通りに投げつけている犬などそうはいない。我こそはこの通りおよび界隈のボスとでもいわんばかり。といって、吠えかけるでもなし。

老いた犬なのであろうが。今のところ彼がすまう家の前を通りかかると必ず彼はそんな顔を通りに出している。眠そうな顔をしているようにも見えるし、覇気もなさそうなのだが、顔はすべてを語る。かつてはこの界隈の犬の頂点に君臨していたのやもしれない。

このプラハはヴィノフラディやジジュコフもそうなのだが、犬がデカい面をして道を行進しているのは、ベルリンとそうは変わらない。パンクを引き連れてもいるし、家族連れも引き連れていることもあるし、一人暮らしとおぼしき親父やお婆ちゃんを引き連れていることもある。飲み屋にビールを飲みにいっても、入り口のそばにデカいのがドンと座っているということなどざらである。

小生がよくみかけるこのデカい犬も、時にはご主人様に連れられて、というより、彼の「飼い主」を引き連れて、酒場へと足をお運びになるのだろうが。

ところで、予想通りビールを真っ昼間から堂々と飲める様な酒場には、小生の住むこの界隈ヴィノフラディにもことかかない。プラハに来てからというものの、毎日毎晩ビールを最低は一杯は飲むようになった。寝入り間際に飲むとぐっすり眠れるというのもあるが、小生が住む界隈の飲み屋にことさら惹かれるものがあってのことでもある。

そんな飲み屋には、パンクもいるし、昔パンクだったとおぼしきおっさんにおばさんもいるし、と思えば、ヤッピーもいるし、時にはヒップスターもギャルもいる。それがプラハの飲み屋の奥ゆかしさのゆえなのだろう。違うカテゴリーの連中が一堂にかいしているという。これは昨今のベルリンでは相当にありえなくなった風景ではある。

その中で一段と目立つのが、一人机に座りデカい顔している親父である。一人でジョッキをかたむけ、なんとなしに近づき難いオーラを放っているこの手の親父はどこのプラハの飲み屋にいってもいる。もちろん、世界中どこにいってもいるだろうが。しかし、チェコもといプラハの飲み屋ほどそんな親父が様になっている場所はない。

自分自身そんな親父たちのひとりであり、そんな人間観察の達人だったボフミル・フラバルという作家にならい、こういうシチュエーションをフラバル的という。このフラバル的親父あるいは飲み屋という言い方は、チェコ文学の業界のみならず、チェコでもそれなりに日常的に使われる言いまわしでもある。

しかし、文学なんぞは作り話で実際、プラハのビール臭い酒場でそんな親父と相見えねば、フラバルの言っていることなど半分も分かったことにはならないだろう。

ともかく、フラバルが描いたような酒場で一人ジョッキを傾ける親父たちは、実際極めて話好きなのではあるが、小生も一人でこの一週間のみならず、過去のプラハ滞在でそんな親父に絡まれることただの一度にあらず。

難点はそんな親父たちのプラハ訛りのチェコ語は相当に敷居が高いということだ。言ってることの半分が分かれば上等というものである。この一週間で二回ほどそんな親父らと相見えたのが、二回とも5分もたたないうちに撃沈である。なので、やはりこういうシチュエーションなのである。

プラハの下町の酒場は、やや洗練されているとは思うが、大阪のミナミのジャンジャンいってるあたりから環状線のガード以南あたりともよい勝負であるといっておこう。それでもションベン臭さ、ビール臭さ、タバコの煙などにまみれることになるという臭覚の面では相当にひけはとらない。

そんな中に夜な夜な、または日中から出没するそんな親父は、そんな小生を簡単には解放はしてくれない。なので、ままよ、と親父に付き合うことにしている。小生も一年後にはそんな偉そうな親父たちと対等に渡りあえれば、と思っている。かなり高いハードルではあるが。

小生も物好きではある。そんなことよりチェコ美女にターゲットをしぼるほうがよっぽどまともであると思うのだが。

とはいえ、どちらが高いハードルか、といわれたらどちらもだろう。

小生はそんなわけでプラハでの新生活、よいスタートを切っているようではある。

そんなわけでまた自戒。