吉田寮食堂、京都市左京区、2012年1月。

つい先日京都大学の西部講堂の話をしたので、今度は京都大学構内でも学内をかつては三分するほどの拠点を誇った吉田寮とその食堂の話をしよう。

京都の大学生にもなれない浪人退屈男の一人であった小生にとって、京都大学とは背伸びをしても入れない雲の上のような場所であったというよりも、退屈な日々を紛らわすのにふさわしい時間と場所を提供してくれるところに他ならなかった。

その中の一つが吉田寮食堂だ。名前の通りここは、吉田寮という京都大学に属する学生寮の食堂なのであるが、実態はその名前と非常にかけ離れている。

まどろっこしいので、2012年の一月に撮った写真を紹介しよう。安デジカメでとったので写真のクオリティはご容赦あれえ。

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どうやらこれにのってサイア人が襲来した模様・・・。

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その折訪れた際は、かつての食堂の厨房の中で、配膳台とおぼしきカウンターのむこう、ロッカーたちがギターをかき鳴らし、ドラマーがドレッドをふりながら、ばこばこと太鼓をたたき、そばでその太鼓とへっぽこエレキ三味線引きのリズムにへこへこ踊り来る連中が数人。
小生がはじめて訪れたころと全くかわっていないので、かえってその変わらなさぶりに唖然とするほどであった。ここはもちろんパーティーやコンサートの会場としては京都でも殿堂中の殿堂ではある。こんな食堂でのパンクロックコンサートなどと面白オカシキイベントなど、いまどきのベルリンでもなかなかない。しかも、かつての国立大学の学生寮の食堂であることをお忘れなく。

もしいまどきベルリンはフンボルト大学でパンクロッカードレッド野郎たちが学食なり講義室なりをのっとって、コンサートをやるようものなら、向かいの団地に住む、カリフラワー婆ちゃんが、“Ruhezeitstörung, Polizei!“、あるいは大学当局の意をくんだ学生のスパイ(恐らくはCDUや教会組織の青年部所属であろう)が警察通報に走り、30分程で警察車両がウン十台繰り出して、サイレンの海の中で「君たちは完全に包囲されている!おとなしく静かに退去しなさい!」とのたまい、強制解散の運命必至である。

さて、その吉田寮食堂も昨年夏、突如大学本部によって解体解散が決定されるという危機にさらされたというが、そこから吉田寮食堂側は驚異的な巻き返しをみせ、その決定を覆すことに成功した。それも、食堂解散反対パンクロックテクノパーティーを連日繰り広げるという方法で。その名も「吉田寮祭」である。

断固決行しているところが素晴しいです。

聞くところによると今年も何某らのイベントが企画されているということなのだが。その名も「うわ~!吉田寮ほぼ1000年祭」。

吉田寮は今年でなんと開寮百年であるという。そこから千年の歴史をつくるという意味での千年祭ということで、なかなか良い根性であると言わざるをえない。9月13日から10月13日までぶっ通しでこれからの千年の歴史を祝うそうである。都におらんのが実に残念ではあるが、小生はこれから一年間のプラハでの精進の日々に備えることにする。
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おまけだが、その吉田寮の向かいにあるは、今時木造のサークル棟である。古式蒼然としているところではない。

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吉田寮食堂は今もその時代錯誤の姿を京都は東山通りにさらけだしている。まさに永遠の学園祭のつづきとでもいえる時間が引き継がれている場所であるといえる。京都にはこんな場所がまだゴロゴロしているのだろうか。

さて。きりもいいので、京大周辺話はこれにて一先ずうちとめにいたしましょう。

ほんでは又自戒。