幸神社、京都市上京区、2012年1月。

先日、京都・東山は今熊野、新日吉大社下にあった共同住宅の前にたたずむ猫の写真をポストしたが、小生は、実のところ、猫と愛称が実によろしくない。

かつて、ベルリンに来たばかりのころ、その当時住んでいたフラットの同居人が非常に仕付けの悪い猫を飼っていたのだが、それをめぐり入居して3ヶ月ほどたったころ、その仕付けかたをめぐってすったもんだの大げんかになったあげく、その場で、その家からの一週間以内に退去を告げられたこともあるぐらいだ。

これは独逸のみならず万国共通ともいえるのだろうが、つまり、その同居人は猫を飼っていたのではなく、猫に飼われていたのである。これは、パンク犬に飼われる雑魚パンクという図式と実に酷似している。

以来、猫という動物は不倶戴天の敵となっている。といっても、家で飼わらている猫に関してではあるが。そのせいで、ベルリン来たばかりの最初の1年目のころ家探しで、結果的に、損をしたこともしばしばある。

とはいえ、撮りためたネガを整理していると意外に猫を撮ったコマがよくある。その中の一枚がこれだ。

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この写真に写っている猫が座っているお社は幸神社という。これを、さいのかみのやしろ、とよぶのだけでも驚きなのだが、ここを初めて訪れたのは、友人たちとの御所の北側を散策している最中の昨年の正月も過ぎたころであった。この神社は小生的脳内京都市内地図の全くの死角に位置していた。

この神社は同志社の北側の相国寺の境内を通り過ぎた東側の小道に面してひっそりとある。しかも、神社のむかいに、御所の北側の路地に隠れるようにしてあるのは、かのような香ばしき看板をもった宿である。

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この神社でまつられている動物は、境内にかかっている絵馬を見る限りでは、どうも猿なのである。

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それもそのはずこの社の祭神は猿田彦大御神なのだった。御所の方角からみて北東、丑と寅の間の方角、すなわち鬼門の方角にあたる。こうした風水に手法による鬼門封じ、並びに平安京守護の寺院としてあがめられているのが、比叡山延暦寺であり、また修学院にある赤山禅院もこうした鬼門封じの信仰を集めている寺院だ。この寺社は御所の方向からみて、北東の方角の直線上に位置している。

古くは出雲路幸神、出雲路道祖神社と呼ばれたこの社の由来は、古来からある出雲信仰とも多いにゆかりがる。現在の下鴨神社からみて鴨川の右岸にあたる界隈はには出雲路と冠する町名があるのだが、それは京の都から出雲参りに赴く街道の出発地だったことに遡る。そして、この社の北東の界隈さらに遡ると、また下鴨神社の西側、鞍馬口通が鴨川にかかるあたりに出雲路橋と呼ばれている橋がある。この辺りは古来より出雲からの移り住んだ人々が定住した場所ともいわれており、出雲の旅の安全祈願を願う旅人がまず立ち寄る道祖神として信仰も集めていたという。

一見どこにでもありそうな神社ではあるが、実は796年建立と平安京創建とほぼ同時期ともいわれる歴史的由緒おぼしき社なのである。(参考-京都寺社案内

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神社をあとにした小生たちは京都でも屈指のおばあちゃん銀座である出町商店街のアーケード街を通り出町柳方面へとむかった。新年を迎えた出町商店街のアーケードにはかかるような看板がぶらさがっており、幸神社町という名の町内に実にふさわしいものであったのである。

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都は嬉しいし楽しい。

だが、というわけではいつもなかったからこそ、小生は都を飛び出すことになったのであるが。

なのでまた自戒。