シェニャフカ、一時間弱。並びにSieniawka。(上)

ヴァーンスドルフを訪れてから2日後のことだ。天気もよくようやく夏のはじまりか、と思えるような週末の日曜日の午後のことだ。

映画館へいくような、天気にあらず、と小生たちはナイセ川沿いへと散歩に出かけることになったのだが、ふと思いついたように足を運ぶことになったが、チッタウのナイセ川を挟んだ向かい川にあるポーランド側にある集落だ。

チッタウからナイセ川を挟んだポーランド側にも小さな集落があって、かつてはチッタウの街の一部であったのだが、現在はポーランドの四角形上の国土の左下隅に位置する自治体であるボガティニアBogatyniaの一部となっている。

その村の名前をシェニャフカSieniawkaという。


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今年の初頭以来この村をいつかは尋ねたいと思っていた。それは小生の国境地帯徘徊癖によるものだけでない。というのは、今年のベルリン映画祭で同名のSieniawkaというこの集落を舞台にしたドキュメンタリー映画をみていたということもあったからだ。

今年度のベルリンナーレはフォールムForum部門出典のこの作品をみたのは、カント通りにあるデルフィという映画館だった。毎年中欧からの出品作品は見ているということもあり、映画祭期間中ポスターでこの作品のことを知って、とりあえずみておくべきかな、と特段内容をあらかじめチェックすることもなく映画館へと足を運んだ。

予想通り客の大半はポーランド人で、前後左右からポーランド語に囲まれ、およそこのポーランドの辺境も辺境に位置するこの村になど永久永劫赴くことなどなさそうなちょんまげギャル・メイドインポルスカも大量にいた。だが、このようなギャルたちには哀れなこととはさるものながら、このギャル軍団も含めたスクリーニングにいた客の半分以上は上映中に席をたっていた。

およそ二時間ほどの映画で、その後、ベルリンで劇場公開されたかどうかは定かではないが、正直なところ、一見なにも起こらない。万人向けの映画では間違いなくないことは断言できる。

ところが、小生はこの映画に映し出される夢と現ともつかない国境地帯の光景に飲み込まれてしまった。

映画の舞台はこのシェニャフカにあるとある「精神ならびに神経に治療をようする人ならびに(ていうかそういう言い方ありなのか?)、アルコール中毒患者などのためのホスピス」であるそうだ。この映画のオフィシャルサイトにはこうある。

“hospital for the treatment of mental illness, nervous disorders and alcoholism“.

この作品の監督であるマルチン・マルラシュチャクMarcin Malaszczakは当地に一年滞在してこのホスピスの住民と共同生活を営みながらこの作品をとったという。この作品はこの居住区の住人である一人の男性の日常を追いながら、シェニャフカもといこの国境地帯の光景が映し出されていく。以下トレイラー。

SIENIAWKA TRAILER from Mengamuk Films on Vimeo.

SIENIAWKA TEASER from Mengamuk Films on Vimeo.

この映画で映し出されるような、なにもない国境地帯の風景やその中にあるような廃墟、そしてこの映画で映し出されるようなアルコール中毒の人たち、そういった施設、ポスト・インダストリアルな風景など。それこそ中欧、旧東ドイツやチェコなどでは特に珍しいものでもない。とはいえ、そこにある種のポエジーやファンタジーなるものを立ち上がらせる手法も見事だ。

これを僕らの業界ではGeopoetikなんてよんでいるのだが、それはまた別の話。

小生こそそんな場所によく赴くのであるが、誰も見ようとしない、そして僕らの世界に割って入ってくることも稀な中欧という世界の片隅の片隅の現実が、こうしてスクリーンを通して僕らの日常へと介入してくる。それを通じてこのシェニャフカという辺境の風景が超現実的にうつる。そういうことなのだろう。もちろん、それが小生の国境地帯徘徊ツボを大爆撃したことはいうまでもなかった。

ということもあり、その対岸のチッタウにいるのだから、徒歩15分にあるというその映画の舞台となった場所を訪れるにしくはなし、と小生は小生のチッタウ出身のジャーマン同居人とその日の午後散歩がてらナイセ川を渡り久々のポーランド帰還を果たしたのである。

次回、その訪問録。ではまた自戒。