ストラヴィンスキーのとある写真。

日曜日にベルリン・ミッテはC/O Berlinで行われているBruce DavidsonのSubwayという展覧会を見てきた。ダヴィッドソンの写真は、本当に月並みに過ぎる感想だけれど、それは素晴らしかった。1980年代のニューヨークのサブウェイの日常を切り取ったシリーズ。

ダヴィッドソンは1933年オークパークの生まれ、カレッジ時代にヨゼフ・アルパースに師事したということだが、本人にとり決定的であったろう出来事は、彼のパリでの兵役中にマグナム・フォトの創始者の一人であるアンリ・カルティエ=ブレッソンとの出会いだろう。彼は1958年にマグナム入りを果たしているのでこのエイジェンシーの中でもかなりの古参の部類になる(ていうか小生の最近研究の対象、特に約10年後にマグナム入をしたヨーゼフ・コーデルカや彼を西側に送り出したチェコの美術史家のアンナ・ファーロヴァーとここでまたつながったりする)。

小生も2001年に一度だけニューヨークに二週間ほど滞在したことがあり、ニューヨークのメトロを夢中になって、東西南北へ朝から晩まで乗り倒した記憶がある。小生には筋金入のトレイン・スポッター(いわゆる鉄ちゃん、カテゴリー的には時刻表→降り鉄)だった過去もあるぐらいだから。

ところで小生の記憶に残っている限りでは、ダヴィッドソンの写真にあるような風景に出会ったような出会わなかったような。ダヴィッドソンの地下鉄の風景と小生の記憶の中に残っているニューヨークの地下鉄の風景はあまりにも違いすぎたというのもある。それはダヴィッドソンがニューヨークのメトロのネットワークの中をもぐらのように動き回っていた時代よりもかなり後に小生がニューヨークを訪れたということもあるけれど。なにより、その当時の小生は写真というメディアを憎悪していた。だから、そのニューヨーク滞在中にはカメラは持ち合わせていなかった。

なにか別のイメージを脳裏に稲妻のような体験には恵まれなかった。もちろん、それは小生の展覧会での集中力のせいかもしれない。

でも、今回そうさせてくれたのは、ダヴィッドソンの展覧会と同時開催だったアーノルド・ニューマンの展示の中にあったこのロシア生まれの作曲家イーゴル・ストラヴィンスキーの一枚のポートレートだった。

ニューマンは戦後アメリカの様々な分野の人々のポートレートをとったことでしられている。もうそれだけでもこの写真家の説明になるだろう。展示会にいけば、きっと一度はみたことのある著名人のポートレートをきっと目にすることになるだろう。

このストラヴィンスキーのポートレートは、レコードのジャケットの写真などによく使われている。でも、なぜこの写真がこの日みた写真の中で一番印象に残ったのか、と断言できるのか。

この作品を目の当たりにした瞬間、小生の頭の中を彼の1925年のピアノソロの作品である「セレナード」の冒頭が稲妻のごとく脳裏をよぎったのだ。

作曲家本人による演奏。

写真にはそうした、とある聴覚的な記憶への敷居となるようなこともある。この写真をみて、誰もが小生と同じように「セレナード」の冒頭のフレーズが頭を過るとは限らないし、もしかしたら人によっては「春の祭典」のフレーズかもしれない。もしくは「ペトルーシュカ」のピアノ版の冒頭だったりもする。小生にとっても、なぜこのポートレートを目の当たりにして、ストラヴィンスキーの数ある作品のうちのよりによってそれほど知られているわけではない「セレナード」が脳裏をよぎったのかは、説明不可能なのだ。

ストラヴィンスキーが頬杖をついているグランドピアノのせいだろうか。それもいまとなっては後づけの理由でしかないだろう。

写真をふくめて、イメージというものは、人の脳を経由して、また別の、色々な像を結ぶ。人間の五感とはつくづく不思議なものだと思う。

ではまた自戒。