ドネルケバブに関する小咄。「リベンジ」@ブラチスラヴァ(2011年12月)

また遥々来てしまったよお、ブラチスラヴァ、と一年振りのブラチスラヴァ上陸は昨年11月最終週。ベルリンを朝7時前の列車に乗れば、日はまだ地平線の下、チェコを北から南へと横切ってやってきたスロヴァキアへ列車がさしかかろうとするころには冬の短い一日も終わりにさしかかるところ。小生がはじめて降り立って14年にもなろうかとするブラチスラヴァの中央駅の、この先十年たっても変わることもなさそうな社会主義時代に建設された愛想のかけらもない駅舎を早々にあとに、トロリーバスの停留所がラッシュでごった返すその最中には日はとうの昔にトップりと暮れていた。バスに乗りようやくその日の宿にたどり着き荷物を置いて、さあ、今度こそスロヴァキア飯を食おうと町中へと繰り出す小生であったが、頭の中をよぎるのは去年の12月23日での見事なまでの泥酔ぶりでのブラチスラヴァ到着の顛末とその日の夜の出来事であった。(詳細はここより)

さて。そんなこともあり、昨年末の背教の罪を背負いながら町中へ向った小生であるが、相変わらずこの街は同じドナウ川沿いにあるウィーンとブダペストという大都市の間にある小国の首都の悲しさか、首都なのにどうにも田舎町のである印象はぬくえず、にもかかわらず首都なる高慢に溺れるとるがゆえに今一つ好きになることはできぬ。それもそのはず、スロバキアという一国の首都になったのはビロード離婚の1992年のことであって、それまではチェコスロヴァキアの第二の都市、其れ以前はハンガリーの一地方都市(一時期ハンガリー王国の首都がここに置かれていたとはいえ)であったにすぎない。

小生がはじめてこの街を訪れたのは90年代も終わりにさしかかろうとするころだったが、ウィーンからブダペストへ行き、そこからプラハへ向う途上にとりあえずよってみただけのブラチスラヴァでしかなかった。その後に訪れることになったプラハの前にはブラチスラヴァの印象など残りようも無かったというのは、いまさら大げさでもなんでもない。

ともかく2011年末のブラチスラヴァ。季節はクリスマス直前ゆえ街が華やかにネオンで飾られているのをみるのは初めてである。がゆえ、田舎くさい首都の雰囲気とはいつもと違った感があるものの、あいにくこの日はドナウ川畔の街をスッポリと霧が覆って数十メートル先は霧中で、空気は街中なぜかカビ臭いことこのうえなし、さらにそれがこの街の田舎臭さと胡散臭さに輪をかけており、やっぱきてもしゃーなかった、とりあえずこの街に来てしまったのはヨーロッパ写真月間なる田舎街の分際でナマイキなイベントがあるからということもあったのが、次の日一通り展示まわってさっさとチェコにいってしまえと思うのであった。

ところで丸一日を汽車の中で不用意に過ごしてしまったがゆえに、腹はグルグルなる一方。とりあえず飯だ、酒だ、いや、とるもとりあえず麦酒だ、ということでとりあえず適当な場所を探して腹を満たそうとなったが、旧市街へ至るの市街をあるけば、またまたあるではないか、あの忌々しき「Kebap」のネオンが。しかも、昨年よりももっと目につくようになるとは。

ふざけやがって、田舎町の分際で「Kebap」とは厚かましいぞ、この野郎、ベルリンの「Döner」を神のごとく崇める小生をただの「Kebap」とあるようなしょぼいネオンで誘惑とは片腹いたいわ、おとといきやがれ、でやんでい、と小生は心の中で大言壮語を吐くものの、腹はグルグルまわる事をやめないし、長汽車旅の勢か、なにぶん一日中ろくな飯をくってこなかったせいか、足取りはやはり重い。そうこうするうちに旧市街をぐるぐる廻るうちにたどり着いたのは中央広場Hlavné námestieだった。

ところが、クリスマス飾りとその周辺にたつ諸々の屋台をみて、小生は「Kebap」という幻影を払うことどころか、その屋台にて、麦酒の代わりにホットワインを手にし、グリルの屋台であぶられる肉の固まりを胃の中へなんとかねじ込むことに成功する。という感じで意外にも容易に「Kebap」なる亡霊を撃退することに成功した小生は足取りも軽く、ホテルのレセプショニスト曰く地元の穴場との話通りの若者であふれかえる旧市街の片隅の場末酒場で立て続けに麦酒を胃の中へ流し込み、1年振りのスロヴァキア帰還を祝うのであったが、飲んだ麦酒はなぜかピルスナー(チェコではプルゼンスキープラヅドロイというが)であった。そういう細かいことは気にせず、明日は地ビールにすればよい、のだと思う帰り道の出来事に話はうつるのが、こんな日の結末は案外とあっさりしたものだった。

くそざまみやがれ、と酔いに任せて変に足取りも軽い小生は昨年の「背教」の場へと足を向けることになるが、真夜中近くのブラチスラヴァ中心部はすでに人通りもなく、トラム通りにあったはずの件の「Kebap」屋は案の定もう閉店していた。こうして小生は一年前の「リベンジ」をいつの間にか果たしていたのであった。

しかし看板をみればみるほど、また入ってみたくなるのは小生だけだろうか。この写真にあるようなコック姿のオッサンが店先で増殖してるような看板はいたるところでみるが、こんな格好でケバブを切っている兄貴やオッサンを実際にみたことはついぞない。

ではまた自戒。