ドネルケバブに関する小咄。@ ブラチスラヴァ (2010年12月)

ああ、御許しください。罪深き小生はまたしても誓いを破ってしまったのです。

それは昨年の暮れ、クリスマスイブの明日に控えました12月23日のことでありました。小生は12月中旬から一週間の滞在及んだブダペストを一路後に、ドナウ川の上にかかる橋を徒歩で越えてスロヴァキアへと一年ぶりに帰還を果たしたのでありましたが、この国境の街で道に迷い、目の前で予定の列車に置いてけぼりにされるはめに。
こうして、次のブラチスラヴァ方面の列車を2時間待つことになった小生は、同様に列車を待つロマの一家と彼らの大勢の子供達に囲まれながら、駅の待ち合い場兼居酒屋で一人ビールを、これもまたお導きなのでしょう、痛飲するはめとなったのでございます。

一人でカウンターに座りながら、ビールグラスを傾けていますと、案の定ロマと思しき一家の一人が小生の横に座って、よー、ジャパニーズふれんど、と言うではありませんか。それでこちらも、よー、スロヴァキアンふれんど、といった具合に世知辛い世の中について語り合うというチェコやスロヴァキアのみならず、世界中どこにでもごく普通にある居酒屋談義をしながら、2時間はあっという間にすぎさったわけでした。小生はその間にビールを3杯も飲んでしまいましたが、別れ際に兄貴が飲んだビールも、確か4杯は軽くいっていたかと思いますが、気前よく招待いたしました。これもお導きのなすことと思いながら。というのもビール一杯当地では50円もしませんゆえ。

そんなこともありまして、彼らと同じ列車に乗るはずなのに、じゃあさいなら、と一方的に別れの挨拶を切り出して、今度は列車におくれてはならぬと、急ぎ足で懸けたホームで、小生の頭は既に重く、頭痛で天と地が逆さまになるぐらいに視界は定まらず、本で満載のリュックザックが重荷になり、列車のデッキに上がるのも難渋する始末。こうして這い上がるようにして乗ったブラチスラヴァ行きの列車。これも小生に課せられました試練なのでありましょうか。案の定列車の中で小生は右も左も分からぬほど大爆睡。目覚めれば、列車はブラチスラヴァの中央駅に到着する際でありました。

こうした経緯を経て、たどり着いたブラチスラヴァはすでに夜9時を回っておりまして、11年ぶりに訪れることになりましたブラチスラヴァ中央駅は案の定11年前と全く変わっておらず、変わったのは多少チェコ語とスロヴァキア語を解するようになった小生だけでありまして、11年前と全く変わらない時間が止まったかのようなブラチスラヴァ中央駅にめでたく帰還を果たしたのでありました。

ところで真っ昼間からビールを空っぽの胃袋の中に3杯も流し込んでしまったにもかかわらず、小生の胃袋はすでに日が落ちるころから悲鳴をあげ続けていました。そんなわけで、中央駅近辺のホテルにチェックインをすませた小生は、ホテルのレセプショニストおすすめのスロヴァキア料理の店がある中心部と向かうことになりました。すでに時計の針は夜の10時を回ったところ。クリスマスイヴを翌日に控えたせいか、街には人気はほとんどなく、道行く車も数えるほどでした。

この時点で小生はなんとなくいやな予感がしたものです。とりあえず、市内中心部に向かう道をいそぎながら、恐らく11年の間にこの街で起った変化を見やっていました。ブラチスラヴァという街も他の西欧の街とあまりかわらくなったものなのだなと、特にお隣のオーストリアのウィーンとの親近性を感じ取ったりもしました。

そうこう思いながら歩をすすめているうちに、レセプショニスト推薦のレストランの前にたどり着いたのです。店構えは場所がら、観光客相手ともおぼしき、しかし、年の瀬迫ったこの日、クリスマスイブを前日に控えましたスロヴァキアという国の首都でも、10時を過ぎた中心部で空いている店などさすがにほぼ皆無。とりあえず中に入ることにした小生でありました。

扉をあけて入ると中は、小生のいやな予感通り、すでに閉店モード。これもお導きなのでありましょうか。半信半疑で側にいた店員にまだ店を開けているのか、と尋ねるも、あえなく、もう看板、また明日、というつれない返事。こうして、再び人通りの極めて少ないブラチスラヴァの路地へと放りだされた小生は、いつの間にか、おそらく昼間は買い物客でにぎわっているであろうと思われるトラム通りを歩いていたのでした。

すると、通りの両脇にはちらほらと見えるではありませんか。「Kebab」のネオンが。

これはいけません。これも小生にあたえられた試練なのでありましょう。小生はベルリンのドネルことDöner Kebabを世界一とあがめているのです。ベルリンはクロイツベルク、ノイケルン、そしてヴェディングにある私たちの兄弟たちのもと以外では食さない、と固く誓っているのです。

しかし、小生の胃袋はすでに悲鳴をあげるどころではないほどの騒音をたてているではありませんか。この音は天まできっと聞こえていたであろうと小生は固く信じています。それでも、誓いを破ってはならぬ、ならぬ、ならぬ、と心の中で反芻しながら、一方で、もう一人の小生がささやくではありませんか。食わねば、腹が減る、そして腹が減って眠れぬ夜はつらく、眠れぬ夜の果ての朝はさらにつらい、明日を生きるためにはさあ食うべし、そして、生きるべしと。ああ、これは小生の中に巣食う悪魔の囁きなのでありましょうか。

こうして小生は一軒をやりすごし、二軒目をやりすごしたのですが、三軒目の前に至ったところで小生はついに「Kebab」のネオン踊る店の扉をついに押したのでした。

ふとにかえると店員の「Which sauce? Salad, everything?」の言葉に小生は、ああ、コッティの兄貴たちの(Kotti、ベルリンはクロイツベルクの中心地、ドネルケバブの聖地であるKottbusser Torのベルリンでの通称)とのやり取りを思い出しながら、ベルリンに帰還次第、懺悔のための巡礼にコッティKottiにでかけなければならない、と悔い改めていたのでした。

ああ、罪深き小生を御許しください、今日小生はまた誓いを破ってしまいました。

ではまた自戒。