ベルリンを聴く。(再) Isländischestraße, Berlin-Prenzlauerberg, 2010年3月9日午後7時31分。

崩壊したブログをほったらかしにしておきながら、突然だけれども、今ブダペストにいる。当地寒波到来中。雪も降り止まなかったけれど、今日ようやく雪もやみ、太陽が時折くぐもりがちな空から姿を見せた。それでも、現在マイナス8度。午後10時過ぎ。

ベルリンの12月が極度の寒波、氷点下10度前後の日々で幕をあけ、今冬も昨年同様またしてもベルリン氷河期の中ですごすかと思えば、気もめいらぬ事もなし。8年目突入のベルリンの冬は年を経るごとに厳しさが増すような気がしないでもないが、昨年ようなアイスバーンに足をとられて膝を強打する日々だけは是非とも今年は勘弁していただきたいとともに、定期的な雪かきをベルリン市当局の方にくれぐれも宜しく頼もう仕上げるしだいでございます。今年はとりあえず雪が降る度に雪かきがおかなわれているようで、ひとまず安心。

さて。雪かきで思い出したのだけれど、今年の二月ごろ雪かきの音を収録した音をこのブログにアップしたことがある。

昨冬の大寒波は2月の半ばをようやくすぎて緩んで、道の氷がドット溶け出したのを未だに覚えている。雪解け水というわけだ。その雪解け水とは関係ないだろうけれど、それにしても、今年はまたしてもドイツを含めた中欧の各地で洪水が絶えなかった年で、8月上旬には大雨もあったこともあり、各地で河川が氾濫。今年の9月末ごろプラハにまたしても一ヶ月ほど滞在した際に、やはりヴルタヴァ川(モルダウ)の水位が高かったことも記憶に新しいほうだ。シュプレー川の水位もなんとなし普段よりも高かった、と記憶している。

私事ながら、ベルリンはノイケルンに居をうつしてからまもなく2ヶ月になる。この界隈はクロイツベルク同様、目だけだけでなく耳でも存分にたのしませてくれることがある。

新居はノイケルンの目抜き通りの一つであるカールマルクス通りにある。ベルリン郊外と市内を結ぶ幹線道路沿いの4階(日本でいうと5階)にあることもあって、そう懸念していたほど、通りの騒音は気にならない。二重窓を閉じれば、外の喧噪はとたんに静寂と変わる。それでも、時折通りがかる救急車や消防車のサイレンの音が時々耳をつんざくように耳にとびこんでくるのが、新しい経験かもしれない。というのも、これまでの人生でこれほどまでの幹線道路沿いに住んだ記憶はそうはないからだ。窓をあければ、家の下の通りからはありとあらゆる音が窓を通して耳に飛び込んでくる。窓をあけはなって、道行く人車の連なりをみてるだけでなく、その音を聞くのもまた一興なのだ。

かつてのプレンツラウアーベルクの住居も窓を開ければ、かなり様々な音が飛び込んできた、と記憶している。
飛行機の音。近郊電車の音。貨物列車の音。アル中野郎の叫び声。飼い犬にいやいや散歩につれていかれるパンクの呼び声。たいてい夜遅くに聞こえてくるが、御犬様を呼んでいる以外には、呂律がまわっていないのでなにをいってるかわからず、厳密にはアル中野郎の叫び声と判別不可能。親にだだをこねる餓鬼ども叫び声、とそれをヒステリックにしかる若き母親の声。典型的プレンツラウアーベルクの光景。今の住居の窓から聞こえてこない音ばかりだ。

当たり前だがそれらの音はかつての家の住環境の一部をなしていたわけで、いってみれば、そこで過ごした6年半という日々の
記憶とも密接に結びついている。

夏の夕方よくベランダに座って夕暮れをながめながらじっと西の方角をながめながら、時折目の前を近郊電車が通り過ぎたり、飛行機が北の空をティーゲル空港へと着陸していくのを目の当たりにしてきたけれど、実際それがどういう風に視覚的記憶として脳裏にとどまれていくのか、よくわからない。写真もとっていたし、しかし、どれも実際に毎日目にしていたものとの齟齬は大きい。以外とそんな時に耳に飛び込んできた、ある意味騒音ともいえるかもしれないけれど、そちらのほうが未だに記憶の中では鮮明かもしれない。

以下今年3月の書き込み。

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昨日、帰宅中丁度、道路清掃が小生の住んでいる界隈で行われている最中だった。冬の終わりの行事の一つ。道路の凍結防止剤をスコップで回収している音とその後を道路清掃の車が水を巻いている音を角の向こうから聴きながら、春が近いんだな、とようやく実感。それでも、夕方7時半ごろでもすでに氷点下はきっているさむさではあったけれど。

今年は雪が降りに降った。そして、寒かった。日中氷点下10度前後の日もなんどかあったほど。雪はとけず、年末からついこの間の2月の末までのベルリンはあたかも「氷河の中に閉じ込められた」と様々なマスコミが報じる程、ベルリンの道々は氷に覆われる日々が続いた。この一週間程の気温の上昇で、ようやく雪解け。

8. March 2008, Isländischestraße, Berlin-Prenzlauerberg, 19:31 by Luegenlernen

今度はその溶けた雪の下から、大晦日から新年にかけて通りにポイ捨てされたゴミが大量にでてくるというまあベルリンらしいおまけ。雪解け後のベルリンの街角は、競馬場の最終レース後の駅へ向かう螻蛄街道並みにゴミだらけであった。
そして、小生の家のバルコニーからもなんて冷凍のフライドポテトの袋が発掘されるという珍事。多分、新年あけに小生宅に滞在した友人がベランダに放置したままだったのだろう。これだけさむかったので、冷凍庫などに入れる必要なんてなし、外にだしておけば事足りるから。

今年は通りの清掃、そして雪かきが史上かつてなく滞った年として記憶されることになる。道の雪かきは街中殆ど行われた様子がなく、これもベルリンが貧乏なせい、いらんことに税金使い過ぎという批判がごうごうと沸き上がるのを目の当たりに、そらみたことか、と毎日怒り心頭であった小生は、この二ヶ月道のアイスバーンのおかげてコケにこけまくった。特に、いまだ最寄りの駅へのバリアフリーでない道や、特にその途上の凍り付いた階段でなんど死ぬような思いをさせられたか。そして、通りを行く人たちがコケにこけまくるのを幾度となく街の至る所で目の当たりにしたことか。しまいには犬がこけるのもみた。もちろん、後にはパンクを引き連れていたが。
ここまで雪かきがおこなわれないと、若い人ならばいいが、子供連れやお年寄り、体の不自由な人にとっては、不便どころではなかったはずだ。

それはともかく、それまでの雪はどこへやら、まだまだ冬の寒さは厳しいものの、日差しは明らかに春になりつつある。

スコップが凍結剤をすくう音をききながら、バルコニーにひさびさにたって、線路の向こう側と小生が住むPrenzlauerberg側をみる。飛行機が屋根の向こう側をエンジンの音を鳴り響かせながら上昇していく。ここからティーゲル空港まで30分ほどだ。空港から着陸しようとする飛行機から小生の住む界隈を望むこともできる。音はそれほどきにならない、毎日暮らしている限りでは。それでも、そばを通る線路の音は相当にやかましい。とはいえ、家にいて窓を閉めている限りは気にもならない。

マイクはやはり普段僕らが気にもかけないような音をひろう。多分、僕らもそれをきいているのだろうけれど、毎日当たり前すぎて、気にもかけないような音なのだろうが。多分、気にかけるベき音とそうでない音とのその間にはなんらかのフィルターのようなものがあるのだろう。そして、耳に入ってくる音を無意識のうちに取捨する。だから、時々そのフィルターなるものをとってみるといろいろなことが聞こえてくる、ということなのだろうか。

ではまた自戒。